【ゐ】 

 

威張るほど 和から遠退き 徳失くす

 

 

地上世界は相対の世界です。

右があれば左があり、上があれば下もある…。

人間社会の中では当然のことながら自分がいて相手がいる。

個性化(分割主体意識)が進めば相手も増えるのです。

個性化することの本来の意義は意志拡張の原理であって、同じ理想の元に夫々の役割分担を決め、個々の能力を高めながら全体の繁栄に貢献(大調和)することが主目的なのであります。

そこには主体性が尊ばれるため、先人達は競争や恩賞を巧みに取り入れ、魂昇華の後押しをしたのです。

しかし人間の我欲は留まる所を知らず、評価による優越感や所有の多寡に主目的が変化して行きました。

そうして偽りの繁栄は心を見失わせ、人間社会に虚しい隙間風を漂わせるに至ったのです。

高評価イコール高収入。

多所有イコール富裕層。

収集量イコール知識人。

個人の幸福追求には終わりがありません。

こうして人間は自らの迷いで孤独化に向かっているのです。

個別化が孤独化することで何が起こるかと言いますと、自己威信欲(存在感)への奔走です。

他者との比較優越を目に見える形で証明しようとするわけですが、そこにはもはや人間としての徳性は無く、穢れた魂を人目に着かないように(勘付かれないように)様々な物的価値を身に付けることで晦ますようになるのです。

魂の昇華や人格の高揚は無視され、五毒(我欲・欺瞞・愚弄・下劣・傲慢)の麻薬に侵されたまま、利己的な我欲追求を重ねるのであります。

霊性の時代である21世紀には、本来の人間徳性が復活して、数々の高徳者が世界各国に現れるでしょう。

心ある人間としての正しい成長形態が声高に叫ばれることになります。

彼らは既に悟っているはずです。

地球人の繁栄は、国境を越えた調和が基になると言うことを…。

なぜなら繁栄も調和も、同じ創造主の神体の一部(左手と右手)であるからなのです。

 

 

 

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