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【判断】実相流転(地⇒天) |
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【 浄 化 】
これまで判断の理念(徳性)を取り戻すための徳目段階として@『見証』A『熟考』B『真実』C『深想』D『実践』について語ってまいりました。 そうしてここからが判断の理念を体現した者が更に精神を高めるための徳性段階になります。 まず判断の理念体現者が最初に取り組む徳目は『浄化』であります。 これは月並みな言葉を使えば断捨離になります。 ここでの断捨離とは人生に夢(理想)を持ち、その夢の実現の為に必要不可欠なものと不要なものとを判別して、不必要なものは勇気を持って廃棄するということです。 身の回りにある様々な物品の中には何年も扱われぬまま御蔵入りしているものもあるでしょう。 四季折々の文化を所有する日本人はワビサビの精神が豊かで、古きものの中に潜む先代からの伝統を貴ぶ文化が根付いています。 しかし本当に末代まで伝え残して行かなければならないものは日本精神であり、代々受け継がれた物品は日本精神(大和精神)を継承するための形代であったのです。 判断の理念体現者にお伝えしたいことは実は此処にあり、徳者が行うべき断捨離は殆どが心の内面にあります。 心の内面が整理出来れば身の回りの所有物も自ずと整理が付きます。 外界は心の投影であるため、心の法則に従って身支度も自然に調うのであります。 物持ちが多いと言う事は誘惑も多いと覚悟しなければならない…。 それは選択肢の多さではなく足枷の多さであり、むしろ判断を眩ませ鈍らせる堆積物に他なりません。 人間は地上の生活に馴染みすぎて心の内面を疎かにし過ぎたのです。 シンプル・イズ・ベストとよく言われますが、最もシンプルさが必要なのは心の内面なのです。 心が本当に整えば実生活で本当に必用なものと不必要なものが判別され、自然な振る舞いで断捨離が正しく進められることになります。 古事記の神話の中で伊邪那岐命が黄泉国から逃げ帰り、聖水(中津瀬)にて禊払いをされたときに様々な穢れ汚れを付着させた原因に当たる心持ち(古事記には神名で記されているが…)を一つずつ脱ぎ棄ててゆく段があります。 断捨離は常に心の内面から始まるということを知る必用があります。 古事記の神話では衣服や付帯物に喩えて語られておりますが、何かに縋り付く気持ちや極度の依頼心、真実を覆い隠す姑息な自己弁護など、戒めなければならない心持ちが説かれております。 周囲の人の気持ちを配慮出来ない者は、身に付けた堆積物が多過ぎて思考が胆略的(自己中心)になっているのであります。 これは悪人のみならず善人にも多い傾向性で、自尊心が高過ぎると周囲の人々の扱いが損材になるので注意が必要です。 かくのごとく心の内面の浄化(断捨離)を疎かにしてはならないということであります。
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