【判断】実相流転(地⇒天)

 

【 覚 悟 】

 

判断の理念を体現した者が更に精神を高めるために踏み締める徳目段階として『浄化』『邁進』『源泉』について語ってまいりました。

この次に取り組む徳目は『覚悟』であります。

この徳目段階になると、もはや肉体人間としての意識では居られなくなります。

肉体人間としての地上社会に紛れながら地上倫理に即した生活を日々繰り返す中で、何かしらの魂の生長を臨み、幾ばくかの成果を残すのが地上人間なのでしょう。

その地上意識を抱いたまま人間は霊界に里帰りしますが、名前も身成り(霊体としての身成りであるが…)も霊界に持ち込んで、地上で生きていた当時の諸生活を続けて行くのが大半の人間の霊界人生であります。

ただ地上世界との大きな違いがあります。

地上生活と霊界生活の根本的な違いは死生観にあると言えます。

地上世界の死生観は生老病死を意識しながら命の維持継続を思う心の領域が大きく、方や霊的世界の死生観では生老病死の心配事が無いまま生命を維持継続できるため、地上で得た名前や身成りは其の侭でありながら、徐々に地上での記憶だけが遠退いてゆく…。

『そう言えば、あんなこともあったよねー』と、地上での生活が懐かしい想い出として大半の霊人の記憶上から薄れてゆくのです。

しかしその死生観の違いが地上社会を維持していますし、またその死生観の違いが霊的社会を形成しているのであって、それぞれの秩序維持に良くも悪くも貢献しているのです。

何れにしても夫々の立場(立ち位置)があるため割り切って生きるしかありませんが、徳性求道者たちは善徳を学ぶためにも、地上世界と霊的世界の夫々の死生観を理解した上で、あえて地上世界に(または霊的世界に)生きてゆくことになります。

徳性求道者の意識心境が高まって更に高度な霊意識や神意識を得ると、尚更に地上世界の諸々の諸生活が妄想のようにも感じられる時期があるはずです。

その難所を通過する際に大きな空虚感や嫌悪感に苛まれることもあるでしょう。

そうした危険期間は徳道の端境期に度々現れて、まるで心境を試される如くに襲い掛かってきます。

要するに徳性求道者の覚悟を試されていると言うことであります。

歴史上の偉人たちが大悟の際に試された悪魔の囁き…。

この危険時期が徳性求道者にも必ず訪れるはずです。

その時に迷わず善道を採れる人は少ないと言えます。

徳性開発に於ける判斷の徳性は、この危険時期(端境期)の回避や克服が自らの意志で出来るように、徳者の心根(霊的基盤)から鍛えるために存在するのであります。

こうした危険時期を迷い少なく踏破するために必要なことは、極端な死生観を避けて常に脚下照顧(汝自身を知る)。

歩み(徳道)に於いては中津瀬(中道・中庸)の精神を貫くのみであります。

 

 

徳性開発十大理念【判断】【継続】