【判断】実相流転(天⇒地)

 

【 真 実 】

 

『熟考』の徳目に於いて長考(深読み)を試みることによって、心の街角(内面)の至る所に街灯が灯されたように遠くまで視界が効いた状態になるはずです。

ここで次なる徳目段階に入ることになります。

『熟考』の徳目を更に生かして整理するために必要な徳目段階は『真実』であります。

幾種類かの選択肢を見い出し(@見証)、その選択肢を深読み(A熟考)して、様々な道筋がリアルに感じられるようになる訳ですが、ここに於いて最善を選び取る際に正常な人間であれば迷いが生ずるはずです。

物事の真相は奥深く、しかも何を選択しても後悔が残るとすれば、他者への配慮を心掛けるような人柄の良い人間ほど、最後の選択を迷うものなのです。

自分一人の選択結果なら何が起ころうが本人の問題として受け止めて納得すれば良いが、その選択結果が他者の人生にも少なからず影響を及ぼすなら慎重にならざる負えないのです。

従って最後の採決に迷う気持ちは高徳者の方が深いと言えます。

しかしここが大峠に差し掛かった徳者の手腕を発揮する最大の好機なのであります。

判断力に於いて実力の差が現れる理由は、大峠(最終採決)での真理観(実相觀)の深浅によって選択肢が微妙に変わるからで、魂の現状が何処まで核心(実相)に近いかで本人のみならず周囲への影響も変化してくるのであります。

つまり人間として大切な魂のルーツ(実相観)を常日頃から深めておく必要があります。

そうして最終採決の際には利己心(損得勘定)を捨てて高邁な夢を採り、深淵な愛を採る貴方であれ…。

神の子の自覚が薄いと有事の際に最終採決を誤る場面が多くなります。

それは他者の気持ちを配慮する習慣の足りなさや、愛に於ける実践の不足により、最終採決が自己都合に片寄ることで選択を誤るのです。

『見証』や『熟考』段階では多いに悩んで良いのです。

それらの選択のブレは其のまま心の肥(糧)になるでしょう。

しかし『真実』の徳目段階に於いては迷わず実相大神の大御心(真理)を掴み取る貴方であれ…。

それが高貴な理念を体現しながら徳性開発を生きる徳者の生き様であります。

最終採決に於ける一大決心は究極の選択に当たります。

たとえそれが一時期は自分にとって何かと不利な選択であっても、真実の愛を貫くことで何時かは何処かの誰かが魂を救われることがあります。

歴史上の聖者・偉人たちは頑な程に愛を貫いたはずです。

彼らは実相世界に心が通じていて、実相大神の御心を我が心として強く生きた証を残してくれたのです。

そうした歴史上の聖者・偉人たちを想い、彼らの高邁な理想を仰ぎ見る時に、自身の現状の小ささに打ちひしがれる人も多いはずです。

そうした気持ちも心の片隅に抱きながら、謙虚に逞しく生きるべきでしょう。

 

 

 徳性開発十大理念【判断】【継続】