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判断五大要素 |
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【 認 識 】
判断の理念の五大要素の一つ目として『納得』について語ってまいりましたが、二つ目の要素として『認識』についてお話することにします。 地上世界に於いて正確な解答(納得)を得ることは難しいと語られましたが、途中経過としての仮の解答段階を用意して実践し、徐々に精度を高めて行くものであると言うことでした。 そこで判断力を高めるものは『認識』です。 見識の広さや経験の多さは『認識』の徳目を育てる肥料になります。 知っていると知らないとでは雲泥の差があり、さらに自覚していると自覚していないとでは天地ほどの認識の格差があります。 諸々の物事を広く多く知っているだけでもクイズ王には成れるかも知れませんが、それらの材料(見識)の使い方を誤ると足枷となって知識が多い割には視野の狭い認識に留まります。 河川の流れの淀み部分を(沢山)知っているのも一つの才能ではありますが、河川自体の主目的を掴めない識別知は、知識を間違った使い方しか出来ない多くの知識人と同じ過ちを犯すことになります。 認識力を正しく深めるためには忍耐力を強める必要があります。 なぜなら物事の真相は容易く得られるものではなく、それなりの精神的努力を費やさなければ得心は難しいのです。 しかし表面的解釈で満足する人は多く、知識の多さが悟りの高さだと誤解している人も居るはずです。 集積した材料(知識)は何処まで行っても材料の域を越えられず、三相(人・時・所)がズレても金科玉条の如く扱うなら、返って周囲に迷惑を掛けることになります。 つまり知識の多さだけでは認識力には成り得ないということを知らなければならない…。 知識を正しい『認識』の徳目とするためには、一定期間は自己内部熟成させて物事の良否を判別し、その上で三相(人・時・所)に適合した使い分けを試みて、その成果を確認しながら認識力を深める努力を続ける必要があります。 ここに忍耐力が無ければ単なる表面的知識の羅列を繰り返す、口説いだけの迷惑人に成り下がることになります。 こうした忍耐力の裏打ちがあって熟成された『認識』であれば、実相世界に通ずる真理を得る場合もありえます。 単なる知識も努力精進のフィルターを通せば何時かは自覚の域に達するということです。 こうした自覚こそ悟りに通ずるものなのです。 古より言い伝えられた悟りの格差は自覚の深さにあり、努力精進の果てに何処まで核心(実相)に近付けたかを、追い求めた修行者たちが自ら開いた心境地でありました。 かくして【判断】の理念の五大要素の二つ目として『認識』の徳目についてお話し致しました。 人類は21世紀を迎えて、知性の時代から霊性の時代へと移行しつつあります。 古き慣習を捨てて新たな慣習を早急に身に付けなければ、人類に真っ当な未来は無いと知る必要があります。
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