【仁徳】実相流転(地⇒天)

 

【 祈 念 】

 

仁徳の体現者が次に心掛けるべきものは『祈念』の徳目です。

『祈念』とは念じて祈るということですが、徳性求道者として常日頃から何を想い何を念ずるかは大切な要素になります。

この宇宙には様々な想念が飛び交っております。

その数多の想念の中から何れの性質の想念と波長を合わせるか…。

これは誠に重要な要素になります。

朱色に紛れれば赤くなり、川の流れに逆らえば摩擦も起きます。

こうした物理的な影響は想念の世界にも巻き起こっています。

思想は物理の種であり、その種が現象的な成長を果たすことで使命を終えてゆくのです。

そうした思想を後追いで重ねることで念(思念想念)となり、さらにその念と同質の念が引き合って霊的な磁場が出来るのです。

やがて霊的磁場は持ち合わせた性質の下に独自の意思を持ち、その目的意思を果たすための動作(意思の持続と拡張)を始めるのです。

動作に関わる総てのもの(宇宙の構成要素)は価値中立でありますが、意思そのものには善意あり悪意あり…。

その善意も悪意も元はと言えば思念想念の集合体であります。

そうしてその思念想念の集合体を創り出したルーツ(原点)を辿れば、日々の生活の中で様々な思い(想い)を沸き出す人間の性質に辿り着きます。

こうした人間の思念想念集合体が自然界に影響を与えると、地震や台風、噴火や大津波、豪雨豪雪暴風や落雷などの自然災害にも至るのです。

人類は天変地異だと恐れる前に、人間としての正しい想念の浄化を行なうべきであります。

とくに徳性を体現する者は努めて心の浄化に取り組む必要があり、そのためのツールとして『祈念』の徳目があるのです。

反省回顧を通して思念想念を善導しなければならない…。

それが徳性求道者の日々の努めであるべきです。

まだ幼い魂であるなら厳しい制約が足枷となりますが、人のため社会のために生きる徳者であるなら心の浄化は特務であります。

総ての思念想念を善導するために常に指針になるものは何か…。

それは実相神の大御心であり神の子の自覚であります。

敬虔な宗教家が日々欠かさず神前に向かい、謙虚な自分に立ち帰りながら祈りを捧げる理由は、揺れ動く精神界に紛れて生きている心を煤払いするためでもあり、日々原点回帰しながら清らかな心で神職に臨むためなのです。

これは宗教家に関わらず一社会人としても、徳性を維持継続進化させるためには必要不可欠な徳目であります。

目まぐるしく移り変わる世界情勢・技術躍進に合わせて、精神調律の時間を確保することは困難かも知れませんが、高徳者であればこそ工夫をして時間調整をする必要があります。

 

 

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