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【仁徳】実相流転(地⇒天) |
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【 証 明 】
仁徳の体現者が最後に心掛ける徳目は『証明』であります。 これは神の子としての人間の証明です。 三次元の物理的な肉体人間として生きているだけでは活動する動物と同じであり、転生輪廻の回数を増やしたとしても精神性の向上は疎かになるだけです。 そのような魂は一時期だけ動物や植物として生まれ出ることもあります。 そうして人間であることの有難さや素晴らしさを客観的に学ぶということも有り得るのです。 動物は自由に動き回れる分だけ思考能力が疎かになり、植物は定置に根付いているからこそ思考能力が発達している…。 どちらが幸せであるかは魂の個性価値に委ねるしかないが、本来は神の子である人間は、思考も動向も自由に扱える生命体として創造されたのであります。 従って人間の証明は体力的発達のみに片寄らず、精神的昇華も同時に取り組み、地上に生まれ合わせても、方や霊界に里帰りしていても、何方でも成果を出せるような転生輪廻こそ理想的な生命の生長であると言えるのです。 そうしてそれが神の子の証明を果たす道筋になります。 その道筋が通ったなら、そこに実相大神の大御心(慈愛)を御通しすることです。 より高尚な神の意識を御通しするためには、自らの器(徳性)を常に浄化しながら性質(神性)を昇華させる努力が望まれます。 しかもそれは自発的な発想(神の子の自覚の深まり)と徳動(神の子としての立ち居振る舞い)でなければならない…。 貴方は何のために生まれ何故に生きているのか? この解答は明確な形で心に刻んでおく必要があります。 徳性の薄い者は命題が虚ろいやすく、確固とした心柱が無いため、当初の目的目標を見失うことが多いのです。 またそれ(目的を見失った理由)を責任転嫁するようでは徳性求道者としては失格であります。 神の子の証明には真柱(心柱)が必要不可欠であり、この命題の死守の為であるなら環境移転や心境変化も肯定(止む無し)される。 仁徳の『仁』という文字には、天と地を人間が結び担うという意味合いがあり、それが人間としての神の子の証明なのであります。 欲得願望は物質世界に帰結しようとする個性化尊重の迷いから現れる。 迷盲を迷妄と気付かない浅はかさを払拭して、理知的な対応を心掛けながら計画性のある人生を構築するべきです。 徳性開発は神の子の証明を果たすための重要なツールとして使用して致だきたい。 いつの日か地上に天国が顕現することを信じて、数多の光の天使達が既に活躍をされています。 貴方も時代を切り開く運命の開拓者として生きて下さい。 神の子として人間の証明を果たす貴方であれ。 この言葉を最後に本項を終えることにします。
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