仁徳五大要素

 

【 陰 徳 】

 

次に【仁徳】の理念の五大要素の二つ目は『陰徳』であります。

古来より天の蔵に徳を積むと言われた人知れず行なわれたであろう愛行・善行は総て陰徳となります。

地上界では報われぬ努力精進であっても、魂の向上進化に於いては大いに報われている…。

それは見栄や酔狂の無い純粋な愛行・善行であればあるほど実相世界の愛念に直結するため、現象的な結果如何に関わりなく魂の昇華に繋がるからです。

地上界で行なわれる善意には明らかに二通りありまして、自分のための善意と人のための善意に分けられます。

これは本人の自我が何処まで純粋化しているかによって、心の針が利己側に傾いたり利他側に傾いたりするのです。

そうして心の針がより多く指し示した方向に魂の傾向性が現れるのであり、生まれながらの善人や悪人が居るわけではありません。

人間は地上界で様々な経験を積むことによって、魂の境涯が高下するのです。

結果の良し悪しは相対的結論ではありますが、人のために良かれと想って行った善意そのものは、魂の想念帯に黄金色の文字で記録されるのです。

その黄金色の記録は永遠に輝いています。

しかしその善意が利己的意識の下に行なわれたなら、せっかくの善意(黄金色の記録)が自我の曇(利己的意識)で覆い隠されて見えない状態になっています。

自分の善行を他人に知られようとする心には我欲に繋がる危険があり、それに気付かなければ五毒(我欲・欺瞞・愚弄・下劣・傲慢)に侵され、いつしか深い底無し沼に嵌り込むのです。

そうならないためにも自我の克服は急務であり、陰徳の重要さはココにあると言えます。

人知れず積み重ねる愛行・善行は我欲を薄める効用がある…。

誰かの幸福のために、何かの進化発展のために、我が身の総て(人生)を投ずる覚悟があれば自然界は共に動き、宇宙は共に語るでありましょう。

我欲が強いと霊的一体観は有り得ないのです。

自我を限りなく薄めることで実相は個性を通して流転してくるのであります。

誰かに評価されなければ続けられない愛行は偽物である。

何かに取り沙汰されなければ続けられない善行は偽善者の迷いであります。

世のため人のために今の自分が出来ることを人知れずコツコツと積み重ねることです。

それが陰徳の生命線で無ければならない…。

【仁徳】の五大要素の二つ目として『陰徳』について語ってみました。

正しい陰徳を教義に入れない宗教は間違っています。

陰徳なきボランティアも一考を要します。

野心ばかり煽る社会は軌道修正しなければならない…。

現代の人類に仁徳が廃れた理由は自我の台頭にあるのです。

 

 

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