感謝一大要素

 

【 和 解 】

 

地上世界に産まれ出るということは、魂の境涯としては大きな大きな試練であり、貴重な運命の転換期でもあります。

暫らくの期間は一人(双子・三つ子もあるが)で闇の中を潜り抜けてくるため、幾ばくかの恐怖心と孤独感を抱きながら、それでも母胎の安らかさに守られながら胎内潜りをして地上世界に産まれ出るのです。

人間は地上に産まれるに際しても一人では果たせないように実相大神は創造されたのであります。

父母の愛と結びによってのみ地上への生誕が許されている。

つまり人間は独りでは生きてゆけないばかりか生誕すら出来ないのです。

そこには産まれながらに既に他者との関わりがある事実を想えば、個人的な我欲が人間としては逸脱した精神であると気付くはずなのです。

自分だけでは産まれることも出来ず、一人立ちするまでの約二十年もの養育を受けて成人して、更に会社や顧客に育てられながら一角の人物になるのであります。

そうした数十年の間に数知れない恩人たちと関わりながら、ふと立ち止まり過去を振り返り見たときに、自分は恩人たちに十分な御恩返しをしてこれたであろうか…と想い返しても、若年若輩の自分には十分な御恩返しは出来ていないことを思い知らされるばかりであるはずです。

何の見返りも望まず助けてくれたあの人や、通りすがりに人生の道案内をしてくれた名も知らぬ人たちも居たはず…。

そうした数々の水先案内人と接する機会があればこそ、現在只今の自分が存在しているのです。

こうした事実を考えて人生を見つめ返すなら、人間は自分に関わって下さった総ての人に物に事に、ただただ感謝の念を捧げるしかない…。

その想い(念い)が深まる毎に過去との和解が進むのであります。

感謝の理念には五大要素は要らず、一大要素として『和解』があれば良いのです。

感謝の理念とは『和解』である。

この一言に尽きるのであります。

『和解』とは結びでありまして、そこに絆が深まります。

大局的に見れば絆の無い生命は有り得ない…。

総ての生命が魂の兄弟姉妹であり、大生命を縁とする心の家族なのであります。

相手に感謝が出来ない人は、相手の存在を認められない心がある。

否定から感謝の心は起こらないし、排除から感謝の想いは湧いてはこないのです。

ただそのままで有り難いと想えるには大悟が必要ですが、要所々々に於いて有り難みを感じられる人間になることは、高徳者たちの悟りの階梯には必要不可欠であります。

ここで今一度だけ繰り返しますが、感謝の理念には一大要素の『和解』があるのみです。

つべこべと言い訳を積み重ねても、罪を重ねるだけであります。

あれこれと能書きを並べても、並ぶのは醜態だけであります。

人間の原点に立ち帰って素直な心持ちで相手と接するときに和解は成立します。

自分を神の子として素直に認め、相手も神の子だと素直に認め、神の子と神の子が本来の姿に立ち帰るために『和解』をするのであります。

 

 

徳性開発十大理念【秩序】【感謝】