|
【三観指針】 |
|
【三観指針】探究A
心の中がガラス張りであると知ると益々影に身を潜める人も出てくるでしょう。 人生は100パーセントの善人で終われないことも事実です。 他者に知られると恥ずかしいことも当然あるはずです。 しかしこの恥ずかしいという想いには他者に対する心的配慮がある。 つまり利己的な人間は羞恥心が薄いが、利他的な人間には思考回路の中に他者に対する配慮があるだけ羞恥心も正しく機能すると言うことです。 この羞恥心が悪態や悪癖から身を守るストッパーの役割をしてくれるのであります。 完璧主義者はプライドが高い分だけ極端に羞恥心を嫌う傾向にあります。 辱めを避けんがために日々努力を怠らない精神は褒められる部分でもありますが、身の丈に合った段階的思考も重要で、その途中経過での辱めは克己心に繋がります。 極端な完璧主義者は現状把握を忘却すると、いずれは空中分解を起こす運命にあります。 足元の基礎固めが無いまま高層ビルを建設するのと同じ過ちを犯し、取り返しの付かない大惨事を招くのです。 そうならないためにも徳性開発は羞恥心と上手に付き合いながら段階的進化発展を目指すのであります。 心の中がガラス張りであることは有難いことなのです。 人目に付かない小さな影の努力でさえ全て霊界では知られている…。 要するに報われない愛行・善行は無いということです。 むしろ目立たぬ愛行・善行こそ魂の糧となり、来世に持って行ける魂の傾向性(財産)となるのです。 これがかつてより天の蔵に徳を積むことの重要さを説いた偉人たちの真意であります。 羞恥心に於いては反省回顧を重ねながら軌道修正して下さい。 反省なき自我者には羞恥心も無いのです。 この羞恥心が有るか無いかだけでも人格の高下が見破られるのです。 謙虚さが無ければ羞恥心は影を潜め、自らの辱めを顧みることなく他者批判を繰り返し、病的な自我常識に陥ると歪んだ自己視点で他者の辱めを誇大表現して裁くことになります。 探究者の道は羞恥心と隣り合わせです。 新たな発明発見は既成の科学や論説を辱める場面も多く、先達既成の羞恥心は其のまま嫉妬憎悪に変化して攻撃を開始することが常でありました。 だからこそ探究者には他者配慮という智恵も必要になるのです。 この考慮が探究者の道筋を開く鍵になるやも知れません。 理想としては探究者イコール人格者であるべきで、質の高い発明発見に至る探究者は、普段の生活に於いても周囲の手本になるような徳性を目指すべきなのです。 あの人格者が言うのであれば正しいだろうと慕われるぐらい、日々の努力精進を怠らない徳性求道者であること…。 それほど高潔な発明発見を通して人類の未来を光で照らして致だきたい。 本来の探究者の使命は世の救世主と同じ位置付けなのであります。
|