探究五大要素

 

【 文 証 】

 

探究の理念の五大要素の五つ目は『文証』であります。

探し求めた真実を明確な形として現し出せたとしても、それだけでは一時的な奇跡で終わってしまいます。

奇跡はリアルタイムの真理現象でありまして、その奇跡に接することが出来た者にとっては、まさしく真理は真実として智覚出来るのですが、時が流れ時代が移ろい、何十年何百年と未来を生きる人々にとっては摩訶不思議な伝承神話の類にはなっても、現実味に欠ける絵空事の一つに据え置かれる…。

つまり奇跡は今そのものを支配する真理であると言うことです。

モーゼやキリストが起こした奇跡は、当時の人々の改心や覚醒に繋がりましたし、真実の愛の奥深さを知らしめました。

しかし現代の人々が何千年も昔に起こされた奇跡を知っていたとしても、現実問題として目先の生活維持継続には何も変化は起こらないため、いつしか物語の中の出来事として心的処理され、やがて記憶の最果てに奇跡の残像を残すのみになってしまいます。

かつて起こされた奇跡を真理そのものとして未来に持って行くためには、強烈な信仰心が必要になるでしょう。

そうした人であってもリアルタイムに巻き起こる現実の生活を主体として人生を生きるしかないのです。

それでもその奇跡を未来に伝える使命は万民にあります。

やはり歴史の証人に勝るものは無い訳で、いかにその奇跡(真実)を正確に伝え残すかは文章力の深浅高低に左右されます。

古来から言われてきた文証は単なる文章の足跡ではなく、言葉を通して心に響く真理をメッセージとして盛り込んだ文としての証(奇跡)なのです。

形あるものを文字として凝圧縮したものに、解凍するための補助鍵(理解力を増すためのヒント)まで付けて未来の人々に伝え残すことで、時代を繋ぐ文化となりゆくのであります。

従って文証は単なる文字の羅列ではなく、後の世の若者たちの固い心の扉を開かしめるだけの想い入れがある…。

その想い入れは神々の愛念に通ずるものだけが、奇跡(現証)を未来に届けることを可能ならしめるのであります。

技術的高揚だけでは文証には程遠く、やはり本人の悟りの高さや慧眼の深さが文証の在り方を左右してきます。

自分の為だけの文章なのか、誰かの為の文章なのか、これだけでも天地の違いが現れてくるのです。

辞書を片手に調べなければならないような難しい熟語を多用する大人よりも、少ない知識でも心を込めて語り掛ける子供の方が、生命を観ずる文証を現すことがあります。

つまり文字は材料に他なりませんが、その材料に如何なる想いを込められるかは、文章構築の段階で何処かの誰かを想定した配慮が出来るかどうかに関わってきます。

こうしてみると理証と現証と文証は一つに融合することになります。

この証に該当する真理そのものを深め高めるものが探究の徳性なのであります。

 

 

 徳性開発十大理念【探究】【信念】