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探究五大要素 |
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【 無 限 】
探究の理念の五大要素の三つ目は『無限』であります。 これはこのまま探究の余地には制限が無いということを物語っています。 それが(極大)マクロであれ(極小)ミクロであれ、探究の道に終わりはなく止めどなく、時の流れと共に解明は進められ、未だ知られざる余地を究明して止まないのが探究の理念なのです。 つまり諦めや妥協があっては成り立たない徳性でもあります。 偉大な発明家は凡人が見い出せない発見を度々しますが、人間としての機能に大差があるわけではなく、何処までも諦めず追求して止まない性質こそが偉大な発明家の生命線でもあるのです。 目先の失敗に落胆するのは誰しも同じですが、そこで早々と気持ちを入れ換えて再びチャレンジする気持ちを出せるかどうか…。 ここに偉大な発明家と凡人とを大きく分ける要素があるのです。 高徳者たちにはゴール(最終到達点)が無いのです。 なぜなら人間の生命は永遠に転生輪廻を繰り返すということを魂の奥底から自覚しているからです。 終わりのない旅路であるからこそ、探究の最終到達点も有り得ないのです。 その終わりなき無限を体現する者は、歩みを止めること自体が生命の死であると知っています。 この場合の生命の死は肉体の死滅ということではなく、命の躍動の停止状態を意味しています。 探究の徳性を体現するということは、そのまま無限と一体化すると言う事です。 この理念(探究)の最高峰に居られる方は実相大神でありまして、総ての探究者が目指す高みは実相そのものに他なりません。 地上の探究者が二言目には無理だ不可能だと言うのであれば、新たなものは永久に現れないし見つけ出せないでしょう。 今までは出来ないと思われて来たものを出来ると想定して仮説を立て、その仮説実証の為に些細な部分まで取り組んでゆく…。 自己限定の枠の中で安住を決め込む世捨て人には理解し難い徳性であります。 従って真なる探究者は一般人から見ると変わり者や偏屈者に思われる訳ですが、そうした異端児が度々常識を覆して人類に新境地を提供し、それまでの幼かった常識論を改変して歴史を塗り替えてきたのであります。 仮に探究者である彼らに諦めや妥協があったなら現代の科学は幼稚で閉鎖的な歴史が維持継続していたはずです。 よって探究者の道を進む者は常に無限を意識するべきで、社会的常識(閉鎖思考)や遺産的足枷(停滞理論)を踏破するために、確証を示すための真実の理証を得ることが必要です。 理証とは悟りそのものですが、悟りの階梯に於いて個我の悟りを脱却するためには自己限定を超越しなければならない…。 そのためにも探究の徳性を磨く求道者たちは無限を体現する必要があるのです。
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