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顧みる 心が創る 過去未来

 

 

運命は決められたものなのか、変えられない事実なのか…。

この問い掛けは時代を越えて模索された難問でありました。

そう簡単に解答が出る課題ではないため、人間にとって運命は変えられない事実として、多くは諦めの言葉に使われてきたのです。

しかしそれは心の内面が見えなかった長き期間の迷いであり、心の法則性を真理の観点から紐解けば、自ずと運命の扉は開かれるということを知ることになります。

まず運命とは何か…宿命とは何か…について知らなければなりません。

人間の人生を大雑把に百分率で分割すれば、約半分(50%)が運命です。

残りの半分(50%)のさらに半分(25%)は宿命になり、最後に余った部分(25%)が、本人の主体的な努力の領域になります。

この努力の領域が大切な部分でありまして、普段から真っ当な人間として生きる姿勢が望まれる部分です。

この普段からの努力の領域が宿命に働き掛けて、性格や人格を良くも悪くも変化させる。

なぜなら宿命というものは魂の傾向性であるからです。

そのまま何も努力をしなければ、魂の傾向性(宿命)を素直に受け止めるしか方法は無く、それが良い傾向性であれば素直に受け止めれば良いが、悪い傾向性であれば自らの普段の努力を良化させる必要がある。

宿命が魂の傾向性であるからには、心の内部が現実化するまでの一連の流れがあります。

その流れを逆算して、魂の傾向性(宿命)を把握すれば、自主的な軌道修正が出来るはずです。

つまり過去を顧みる心が無ければ未来永劫、宿命(魂の傾向性)の奴隷として生きるしかないのです。

反省という言葉を、暗い足枷のように嫌うプラス思考者が多くなりましたが、自分自身の魂の傾向性も解らぬまま生きる危険性は、目を閉じたまま爆進するマラソンランナーと等しく、目先の障害に衝突するしないの命運は一か八かの博打になります。

普段からの努力が実り、魂の傾向性(宿命)が良化されると、ここにも心の法則が作用して、高まった自分の魂の傾向性に相応しいものを多く引き寄せることになります。

また目に見えない世界からも善霊の導きを受けることが多くなります。

すると運命の扉が開かれて、今まで変え難いと思われてきた運命が、徐々に変化を始めるのです。

もともと運命は地上に生まれる前に自らの意志で決めてきた大局的な環境や境遇であり、この部分は大方の人が固定したまま一生を終えるのです。

この運命の領域を超えてゆく必要がある者は、おそらく魂の傾向性に生涯を懸けて取り組む使命を持った方々でしょう。

いずれにしても運命も宿命も、自らの意志で心を顧みることで、反省浄化は過去に真理の灯火を照らし、未来に明るい希望(真理の光)を照射することになります。

ようするに人生の創造者は良くも悪くも自分であるということです。

 

 

 

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