【ね】 

 

念ずれば 想いは届く 心根に

 

 

《人を呪わば穴二つ》…という諺があります。

他人の不幸を根深く思っていると、その思念が相手に伝わって、相手の境遇に良くない事変が起こるとともに、こうした悪念は同類の念を探して彷徨い、相通ずる念を見つけては悪意で障りを起こすのです。

その時に最も同類相通ずる念は、最初に悪念を発した本人(悪意の出処)であり、当然のことながら本人の元に帰ってきます。

軽口で不平不満を嘆いたり、他人の批判ばかりを言い続けていると、自分自身の心の中に繰り返し悪念を蓄積していることになります。

平気で他人を馬鹿にしたり、死んでしまえと口に出して言うような人は、本人の心の中に殺意が蓄積され、それがやがて充満して飽和状態に達すると、小さな火元(キッカケ)さえあれば点火して爆発するのです。

社会現象として殺人行為が頻繁に巻き起こっている理由は、こうした無法地帯と化した心の世界を、長らく放置してきた人間側に責任があるのです。

これとは逆に善念を蓄積すれば、心の中には愛念が充満して飽和状態に達し、雰囲気から漏れ出る優しさだけでも周囲の人たちが幸せを感ずるようになります。

しかし生涯を通して善念を貫ける人は居ない…。

そのため時折り心の中を清掃浄化しなければならないのです。

間違った思念を悔い改めて、愛に通ずる想念に変換する心の作業が必要なのです。

その浄化作業が真に果たされるなら、それまでの悪意(悪念)は感謝に変わるはずです。

感謝に変わった思念は、相手の立場を配慮した想念となって、いずれ善行・愛行を自然に施すようになります。

心の法則性は価値中立であり、本人の意図に対して忠実に自己展開するのです。

これを知らないまま悪用する人が多い昨今、人心錯乱を起こす犯罪行為が今後も増加する懸念があります。

世の中には無法地帯の心を放置したまま、心の内部に悪意(他者裁きや失意歪曲など)を溜め込む犯罪予備軍が増え続けています。

心の調律(感情のコントロール)も出来ない人間が、悪意でパンパンに膨らんだ気持ちを抑えきれない危ない状態で、驚くほど身近な隣人として存在しています。

 

 

 

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