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【る】
類すれば 異なる民も 家族なり |
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心の法則を語る場合、代表的な例文となるものは『類は類をもって集まる』というものです。 この言葉は残念ながら悪例文として多く使われてまいりました。 悪人は同じような類の者たちと群れを成して悪事を重ねる…。 このように悪用された類文は、もともと価値中立的存在でありましたが、人々は余り良くないイメージで使用してきたのです。 普段の心掛けが悪いから悪人が集まり環境も境遇も悪くなるなら、普段からの心掛けを悔い改めて自主的に心を善導すれば、思考も言動も良化して運命の扉は開かれるのです。 そうした善念に満たされた人格者には、同じような善念者たちと心が通じて、良い意味での同類相通ずる(類は類をもって集まる)法則が展開するのです。 むしろこの類例文は善使用されるべきなのです。 また『類でないものは反発する』という類例文も存在しますが、こうした磁石的作用が心の作用としても十分な説得力を持っている。 いま世界は異なった文化を互いに認め合おうとせず、まさに磁石的反作用で反発し合っています。 相手の気持ちを配慮しないまま、独自の都合を財力や武力で相手に強要すれば、そこに反発が生ずるのは当然のこと…。 かくして互いに平和を望みながらも、手段方法の違いから戦争さえ容認する政策は、心の根本から改めて行くしかない。 どうか心の法則を悪用しないように、徳者たちが志を合わせて対処(善導)して致だきたい。 お互いの文化(歴史観念)を学び合い、その背景を理解した上で、相手の気持ちを配慮しながら言動を選ぶ必要があります。 これは国家間だけの大きな問題ではなく、身近な人間関係でこそ考慮されなければならない問題です。 三界唯心所現…。 総ての事物はみな心の影(想像の産物)である。 相手を普段から見下しているものは、その思いの端々が言動にも現れ、どうしても扱いが雑になります。 独善者もまた心の法則に従って、自己中心(独り善がり)であるがゆえに、周囲から善人が去って寂しい孤独に陥ることになる。 人間関係に於いて心の底から相手を理解するためには何が必要か…。 それは自らの心の浄化と愛念の蓄積であります。 |
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