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06 学人の人生 |
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この地上に生まれてより此のかた、幾年月を踏まえた月日を、静かに振り返ってみるならば、数多くの想い出たちが、優しく、それでいて懐かしく、胸の内より甦ってくるであろう…。 喜びも悲しも、今の貴方から観たならば、どれもこれも微笑ましくさえ映っているはずである。 あの頃は大変であり一生懸命であったが、いま思い返してみるならば何と、たわいもないことで悩んでいたことか…と、かつての自分を可愛らしくさえ思えることもあるはずである。 貴方が歩んで来た道程(過去)に於いて、貴方自身どれだけの疑問を抱き、その疑問を幾つ解いてきたであろうか…。 なぜ自分が存在するのか? なぜ多種多様な出逢いがあるのか? なぜ人は苦しみ、そして悲しむのであろうか…。 こうした全ての疑問に思いを巡らすたびに、その解答が見付からず、頭を抱えた日々も多かったであろう。 物事には全て、始まり(原因)がありプロセス(過程)があり終わり(結果)がある。 それは川の流れに、上流(原因)があり、中流(過程)があり下流(結果)があるに等しい…。 道路に転がっている一握りの石ころにさえも、其処に転がり出てくるまでのキッカケ(原因)があり移動(過程)があり、路面に安定した状態(結果)を現しているのである。 貴方は運命というものが、既に決まった一本のラインであると、思っているのではないであろうか…。 この答えは否であり可である。 そうでないとも言い得るし、そうであるとも言い得る。 結局、運命とは何か…を、知るということが人生でもあるからである。 人間にとっての人生とは、運命(人生)とは何であるかを知る為の旅路(人生)でもある。 現在、貴方を運命付けていると見えるものは、よくよく観察してみると、貴方の環境に左右されているはずである。 それが家庭環境であり、職場(学校)環境であり交友環境であり、強いては地域社会環境である…。 それらの環境の枠の中で、その縛りに耐えかねて、不運を嘆いている人も多いはずである。 しかし此の環境を構成して(創って)いる要素の一つが、貴方の境遇で在ることを忘れてはなるまい。 境遇とは、一つの環境の中での貴方の役割であり、貴方が発する思いと行為とによる、他者への影響を意味するのだ。 つまり貴方の影響が他者に現れ、他者の影響が貴方に現れ、お互いに影響し合って、一つの環境を創らしめているということである。 『立ち向かう人の心は鏡なり』 この言葉は正に此のことを言っているのである…。 更に貴方の境遇を創らしめているものが、貴方の人格(雰囲気)であると知るべきである。 人格(雰囲気)の高低は、環境・境遇の善し悪しを、微妙に左右するのである。 続いて貴方の人格を創らしめているものが、貴方の性格であると知るべきである。 性格(品位)の現れ方、性格の向上・衰退が、貴方の人格を規定しているのである。 更に続いて貴方の性格は、貴方の言葉によって微妙に左右されるのである。 貴方が語る言葉が、貴方自身を如実(そのまま)に現し、言葉の性質に近い性格(レッテル)を、自他ともに認めるに至るのである。 人間は本来、自由自在な生命体である。 その自由自在な生命の発現を縛っているものが、自他ともに認める性格(レッテル)である。 言葉は貴方の心より発されている。 心が何かしらの方向性を持ち、意思の働き掛けが行われる時に、思い(想い・念い)となって、貴方の心から自己展開してくるのが言葉である。 運命を嘆く貴方よ…。 貴方が不運だと思う環境と境遇との一つの要素として、貴方の発する影響も加わっていることを知る必要がある。 全ての責任を他に転嫁(罪や責任を他に負わせる)している間は、運命の扉は開かれてはゆかないのだ…。 責任逃れは貴方の主体性(個性)の否定に他ならない。 主体性(自由意思)には自ずと責任が伴うのである。 貴方は貴方の夢追いに責任(主体性)を持たねばならない。 そうであってこその運命の開拓である。 主体性(個性)の無い人生は、運命に対して単なる操り人形に過ぎない。 運命の開拓は、心の浄化(純粋化)より始まる…。 心が変われば世界が変わるのである。 貴方の心が浄化するに従って、貴方の思いは善念(善き思い)に満たされてくる。 善き思いは貴方の発する言葉を浄化するのである。 言葉が浄化されるに従って、貴方の性格は自ずと純粋化を増し、やがて自他ともに認める善き性格が確立してゆくのである。 性格が変われば人格(雰囲気)が変わる。 善き性格は善き人格(雰囲気)となりて、貴方の周囲をも浄化(良化)してゆくであろう。 そんな貴方が一人居るだけで、争いは退き、不和は和解を迎え、悩みは解決し、貴方の人格の影響(感化力)によって、環境も境遇も良化してゆくのである。 そして環境・境遇が良化してゆけば、自ずと運命の扉は開かれてゆくのだ。 どうか貴方よ、心の包縛(ふさぎ)を解き放って、自らの生命(運命)を探究せよ…。 貴方が勝手な解釈で探究の歩みを止めない限り、必ず解答に至るのである。 人間(運命)を知るとは、汝自身を知ることから始まり、悟り得た視点で他者(世界)をも観つめてみることである。 外界の全ては貴方の心の投影(あらわれ)であるのだ。 学人(まなびと)の人生(道)は、常なる発見(探究)の人生(道)である。 真実(愛)は見い出した者が、見い出しただけの幸福(喜び)を得るのである。 故に貴方の夢追いは、学人の人生でもあるのだ。 夢を追う道程に於いて、貴方自身が驚くほど多くの、大きな智恵を得るであろう。 夢追う過程の中で、凡ゆる疑問(悩み)が明かされてゆくのである。 日々の学びは何処からでも何からでも得られるのである。 学びは対象(枠付け)を超えるのである。 貴方が其の気になりさえすれば、砂の一粒からさえも、多くの学びを得られるのである。 幼い子供が小さなアリを一日追いかけて飽きないように、真実(愛)の探究は喜び其のものでもある。 何故なら貴方の認識が、より一層開かれてゆくからだ。 心の尺度(視点)は大きければ大きい程、より深い真実(愛)を観じられるからである。 より深い実相(愛)を伝えられるからである。 貴方よ、探究(学び)の命題(目的)を持て…。 一つのテーマ(目的)を打ち立て、そのテーマ(夢追い)の下に日々探究せよ。 貴方だけの命題(人生観)を確立せよ。 十人十色、百人百様…。 人の数だけの人生観があって良いのである。 他者との人生観を語り合いながら尚一層、深い人生観(貴方の夢)を見い出してゆけ…。 人間(運命)の開拓に終わりは無いのである。 貴方の打ち立てた人生観(夢追い)は、貴方に続く若者(夢追い人)たちが受け継ぎ、彼らは其れを更に進化発展させ、また次代(未来)へと繋いでゆくのである。 貴方の意志(夢)は、彼らの生活(魂)の中で永遠に生き続けるのである。 貴方たちは永遠なる、真実の愛の探究者であるのだから…。 |