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07 つねなる選択 |
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山間の谷の奥地の、岩肌の僅かな隙間より、湧き出ずる清水の流れは、支流から本流へと流れ入り、山岳部を抜け平野を抜けて、やがて大海へと注がれてゆく…。 泉より湧きあがる水が、やがて海へと帰り着く訳であるが、一粒々々の水の粒子が、何故に一様に海へと向かうのか…。 何故、母なる海原へと帰りゆくのか…。 水は高所から低所へ流れ、粒子と粒子とが手と手を結び合い、全体の流れの中に調和して、大きな愛の営みの下に、全ての生命を生かしめてゆくのである。 動植物たちは喉を潤し、人間たちは水路を開いて水田に水を張り、生活に必要な農作物を育ててゆく…。 また人間はダムを造り水を堰き止め、大きな水圧を利用してタービンを回転させ、水力を電力へと変換し、生活の中に豊かさを創り出した。 水の粒子たちが上流から下流へと流れる間に、どれほど多くの生命たちの、豊かな生活と潤いとに役立っていることか…。 彼ら(水の粒子たち)は単に流れているだけではなく、流れの途路に於いて、全ての生命を生かし育む為に、自らの全生命を奉仕しているのである。 そして今も其の流れを絶やさないのである。 それは彼ら(水の粒子たち)が、その流れの方向に自らの使命役割があることを、確かに知っているからである。 そこに水の粒子としての大いなる理想があることを、確かに悟っているからである。 彼ら(水の粒子たち)は流れの途路(途中)に於いて、時には大きな岩に行く手を阻まれたり、時には干上がって水溜りとして照り残されたり…と、自らの使命を果たすことを妨げる何かに出くわすこともあるであろう。 しかし彼らは思い悩むことをせず、立ち塞ぐ大岩を、滔々と流れる水圧でもって、時には左右に擦り抜け、時には大岩を飛び越え、時には地下に潜り伏流水となり、時として全生命を懸けて大岩を粉砕してまでも、自らの使命役割を果たすのである。 彼ら(水の粒子たち)の常なる選択は、大いなる理想を常に選び採って善しとしているのである。 何故なら其処に愛があるからである。 愛こそ全ての総てであることを、彼らは悟っているからである。 人間には善も悪も成し得る自由があるかに見えるが、その理由を貴方は知っているか…。 善のみしか選択を許されないとか、逆に悪のみしか選択を許されないならば、人間は何処まで行っても操り人形である。 善も悪も成し得る自由の中で、敢えて自らの理想を善(愛)とするところに、人間が本来は光(愛)であることの証明を果たし得るのである。 其処に人生の意義(使命役割)があるのである。 立ち止まり俯向く貴方よ… 座り込み心を塞ぐ貴方よ… 悲しみに打ち比し枯れた人よ… 判断に迷う貴方よ… 貴方は迷わず理想を採れ 夢の奥なる愛を採れ 貴方が歩む人生が、二つ三つと枝岐れていたならば、最も愛に叶った方向を最後には選び取る貴方であれ…。 最も多くの人を幸福にしうる人生を、最後には必ず選び取れ。 判断を惑わすものが、自己の欲得願望であることに気付け…。 失望や怠惰が判断を迷わせていることに気付け…。 臆病者は判断を決し得ないのである。 理想に対する確信が薄いからである。 理想実現の確信が強く深まる為には、貴方の理想(夢)に多く深く、清冽で純粋なる愛を注ぎ込めば良いのである。 貴方よ、幾多に岐れた方向(道)の中から、自らが最大最高の理想として選び出したる人生道を、貴方の判断で決定したならば、もうあとは迷うことなく、夢(光)に向かって歩み続けよ…。 他人に選んでもらった人生(道)ではないのだ。 貴方が選んだ人生(道)であるのだ。 勇気を持ち情熱を持ちて、遙かなる理想(光道)に向かって着々と歩む貴方であれ。 人生は、つねなる選択である。 一つの判断を決定した其の直ぐ後に、次なる選択が用意されているのである。 次なる選択を決した後に、また次なる選択に臨んでゆくことになるのである。 それは碁盤の目の上の一点にて、四方に道が用意されているようなものである。 たとえ選んだ方向(道)が違うものであったとしても、次なる選択の場面に於いて、過てる選択の反省と教訓とを兼ねて、正しい理想の方向へと軌道修正してゆけば良いのである。 貴方よ、判断し選択することに於いて、決して臆病になるな。 尻込みするな…。 常に自らの選択した過去(足取り)を、貴方の高き理想を基準として自己チェックし、更なる高き判断力・認識力が出し得るような、智恵と教訓とを見い出してゆけ…。 より高い判断力・認識力を得るということも、人生の目的の一つであると言うことである。 今一度、貴方に繰り返し言う…。 大河の流れは調和という高き理想の下に、敢えて自らの使命役割を選択して止まないということを。 そして彼らは全生命の進化発展の為に、無心に無欲に自らの生命を奉仕して止まないことを。 そうした彼ら(水の粒子たち)であるからこそ、清冽で純粋で、青く麗しき美しさを醸し出しながら、生き生きと伸び伸びと、優雅な流れをも醸し出していると言うことを。 |