13 純粋個性の発見

 

繁栄とは、調和の拡大である。

調和なき繁栄は単なる混沌であり、秩序なき烏合の衆である。

また其れとともに繁栄を目指すところにのみ、真なる調和が築かれるのである。

繁栄を目指さぬような調和は、型に嵌った形式主義に陥り、魂の進化したものを引き摺り下ろし、未だ魂の進化しざるものを無理やり引き上げんとして、個々のペース(歩調)を乱して阻害し、相互に裁き合う世界が展開しがちである。

繁栄と調和とは二つにして一つ。

元々たった一つのものが、それぞれの個性の下に二つに岐かれて、各々の役割を完全に担って行くための、宇宙の根本的二大原理なのである。

万象万物の根本理念も、これら二つの理念(繁栄と調和)からなり、二つに岐かれたる繁栄と調和の理念を、一つに融和するところに生命の創造が果たされ、その個生命の中よりエネルギーを湧き上げてくるのである。

繁栄と調和は時には天(理念)と地(具現)に岐れ、時には遠心力と求心力とに岐れ、時には生長と生育とに岐れ、時として男性と女性として岐れ、また多面として枝岐れて、それぞれの役割を演じ、個生命の彩りを発揮するのである…。

そうして岐れたる二つの理念、二つの概念、二つの事象を一つに融和し光に向かう時、新たな創造が成されてゆくのである。

天地創造も斯くの如く成されたのであり、小さな原子の創造も、大宇宙の創造も、其れがミクロであろうとマクロであろうと、その規模に関わらず一つなるものから岐れたる、複数の理念の融合によって創造され、更に光に向かうことによって、生命体としての働きを完うしてゆくのである。

人間の一生も同じであり、向上(繁栄)を目指しつつ探究(調和)を忘れず、愛を与え(伝え)つつ自らの愛を深めつつ、発展を望みながら他者との心の結びを忘れないように、大宇宙の二代原理である『繁栄』と『調和』に叶った人生が、最も美しい人生である。

この地上に栄えた在りと凡ゆる文化文明も、繁栄と調和の理念の融合によって創造され、融和体としての理念に兼ね備わった創造体のみが、更に自己展開して新たな創造への道を歩み始め、永々と歩みを続けるのである。

繁栄とは、向上発展を目指す一つ一つの個性が、供に手と手を携えて、愛の基に助け合い励まし合い、時として切磋琢磨して生かし合い伸ばし合う…。

その姿は大樹に例えられる。

調和とは、結び協和を目指す一つ一つの個性が、それぞれの生命の本質を尊びつつ、徳性(歩み)の段階(歩調)に従って秩序立ち、愛の基に理解し合い支え合い、時として十分に距離を置いて、時期を待ち和解し合う…。

その姿は大河に例えられる。

夢追い人よ、貴方の夢が、ここ一日二日で実現するような淡く儚いものならば、一日二日の短い喜びしか味わえないのだ。

けれども夢追う人よ、貴方の夢が五年・十年・二十年・五十年と、遠く大いなるものならば、貴方の喜びも時の流れとともに永遠となるのである。

そうして貴方の夢が、例えどの様な夢であろうと、先ずシッカリとした地固めをせよ。

足場を固めよ。

基礎を確立せよ。

自らの心を常に顧みて、自己の傾向性をチェック(反省)せよ。

自らの心を掴めなくして、他者の心の痛みは理解出来ないのである。

何故なら自己の傾向性が見出せないならば、自己の都合で他者を推し量ることになるからである。

他者の心を理解したければ、相手が立つ大地(視点)に自らの足(歩調)を立たしめて、供に次の一歩を目指せばよいのである。

全ての生命を尊ぶ者は、悪戯に他者を非難して裁くことはないのである。

例え現状がどうであれ、生命は光(未来)を目指して旅をしているのである。

自己の立場、自己の評価に捕らわれているもの程、自と他の位置関係を気にするのである。

自己の報酬、自己の願望に捕らわれているもの程、自と他の損得問題を気にするのである。

人間の成長過程にて、心して諌めねばならんものとは、自己確立の際の失望と怠惰であり、調和を目指す際の不信・不審・疑心暗鬼であり、更に発展繁栄を目指す際の自惚れ・自己増長である。

夢追い人よ、此れらの魔の手を掻い潜れ。

貴方たちには夢(理想)がある。

貴方たちには光(希望)がある。

勇気と限りなき愛がある。

常に自己の言動を顧みて、心の浄化に努めよ…。

やがて生命の本質が輝き出す時が来るのである。

貴方の歩む道(人生)は希望そのものなのだ。

貴方の生命が希望そのものであるからである…。

 

 

 

06  実相流転【炎の道標編】 【風の道標編】