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10 心の尺度 |
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それでは此処で『心の尺度』について語ってみたいと思います。 心の尺度(スケール)とは一人々々の認識(価値観)を意味します。 認識とは、認めた知識と書いてありますが、一人の人間が此の世界に生まれ出てから今日に至るまでに得てきた体験や、その体験を通して心に強く印象して自覚してきた知識であると言えると思います。
世の中には建築家と言われる方々が居るわけですが、彼ら建築家たちは常日頃から大抵はメジャー(長さを測る物差し)を携帯しております。 そのメジャー(物差しの長さ)は建築家の受け持つ現場によって長さが違ってくる訳です。 小さな建築現場(一戸建てや増改築など)の一部分を測るだけであれば、2mや3.5mの巻型メジャーで事足りますが、大きな建設現場(高層ビルや公共建築物など)ともなると、20mや30m…はたまた50mもあるような長尺スケール(鋼製巻尺)を使っているようです。 このように受け持つ現場によって建築家が携帯するスケール(メジャー)も違ってくるように、一人々々の人間を取り巻く環境や境遇によって、心のスケールも大きく違ってくるわけであります。 この心のスケールが其の人の自己限定…即ち現状での限界となっていることが殆どなのです。 そして或る人が他の人の語る言葉や行動を測る基準も、自身の心のスケールを相手に当て嵌めて納得しようとするのです。
その場合、相手が自分自身の心のスケール(認識の枠)を遥かに越えた言葉や行動を現したりすると、もう自分自身の心のスケールでは認識出来なくなってしまい、相手の言葉や行動が認められなくなるのです。 宇宙は限りなく広く、その基準は無限であり永遠であります。 ましてや心の内なる霊的宇宙は広大無辺で、既に無限・永遠という三次元的な言葉(認識)の枠付けすら超越しております。 即ち人間の心のスケールに於いても、何処までも無限に永遠に押し広げてゆくことが出来ると言う事なのです。 そこに心の探究ということの大切さが問われてくるのであります。 生命は湧いて湧き出る泉の聖水のように、常に流れ流れて尽きない無限の力であるにも関わらず、自我が自己を限定して聖なる泉に蓋をするところに魂の苦しみが巻き起こっているのです。 生命の泉を覆っていた蓋(認識の枠)を取り去った時に、始めて人間は本当の生命の自由を獲得するのであります。 その時に始めて心は無限なる進化の可能性が開かれ、永遠に生き通しの生命を自覚して、完全なる存在(実相世界)が究極(終わり)なき究極に於いて実在するということを、震える程の感動と共に魂の奥深くで悟ることになるのであります。
この完全という言葉自体が三次元的な枠付けとなってしまいますが、究極に於ける三次元的な完全さを超越した実在を、三次元で通用する言葉で書き表せないが為に、敢えて完全なる実在と仮称させて致だきました。 この究極に於ける完全さに人間は限りなく近付いてゆくことが許されているのです。 それは人類全体の心の性質を押し上げてゆくという方向で、また人と人との心と心を強く結び、愛を深めてゆく方向で、何処までも究極に於ける完全さに近付いてゆく姿勢(向上心)が何よりも大切ではないでしょうか…。 心のスケールを狭くして行くとどうなるかと言いますと、自己中心的・自己保存的な心になっていくのであります。 それは目に写る全ての物事を、自分の都合の良い方向にしか認めないような狭い狭い心になって行く訳です。 そうした人に対して誰かが愛なる想いで接し、本当の意味で其の人を生かしてゆくものであったとしても、自我中心的思考の人にとっては自己の都合に合わなければ、どんなに愛が深くても却って誤解され曲解されてしまうことになるのです。 この地上は誰が創造したのでしょうか…? 人間の誰一人として自らの能力で地球一つ創造した人など居はしないのです。 そうであるはずなのに国家と国家を別け隔て、山野を選り分けて境界を作り、土地を区画割して自己の所有を主張しているのです。 海原の上に生きづいた島一つ創造しえない人間であるはずなのに、この土地は自分のものだと主張しているのです。 地球のどの地域を見渡したとしても、その一つとして国家のものでもなく、ましてや誰か一人の私有物などではありません。 人間の欲望が、狭い狭い認識が、土地を別け隔て他者を排して、自己の所有を主張するに至ったのです。 歴史を振り返ってみて下さい。 そこに幾多の争いが在ったことでしょうか。 領土の拡大の為、所有の多寡の為、どれほど多くの血と涙が流されたことか…。 どれほど多くの夢と理想が踏み躙られてきたことか…。 もちろん此れらの戦いの中には大いなる理想の下に、全国を統一する為の聖なる戦いもありました。 そうした先人達の理想に燃えた夢追いがあったことも事実です。 貴方が認識を素晴らしく広げている方であったとしても、どうか更に更に広大なる心の宇宙に対して認識を広げ続けて下さい。 決して小さく完結した箱庭(認識の枠)の中のみに閉じ籠らないで致だきたいと切望する次第です。 そして心の尺度を何処までも押し広げ続け、貴方の大いなる夢追いを益々純粋なるものとして達成して致だきたい…。 最後に繰り返し申し上げますが、宇宙は無限であり永遠であり、心の宇宙に於いては其れらをも超越した、究極に於ける完全なる存在が実在すると言うことを決して忘れないで下さい。 |