01 おもい

(心の法則)

 

『おもい』という徳目は、誠に重要なキーポイントであります。

謙虚の徳性の中でも、ひときわ注目に値するでしょう。

人は『おもい』によって地上に生まれ、『おもい』によって人生を渡り、この『おもい』によって、やがて死してゆくのです。

『おもい』そのものが人生の舵取りをするわけで、この大切な舵取りを、自らの意志で操作させなければ、いつしか人は荒ぶる感情に舵取りを奪われ、知らぬ間に操り人形にされてしまうでしょう。

それだけ『おもい』という徳目は重要不可欠であるのです。

この『おもい』を大きく分類すると、次の3つに大別できます。

@ 思い

A 想い

B 念い

…となります。

その他さまざまな感情を表現する『おもい』もありますが、だいたいこれら3つの中に集約されていきます。

この3つの『おもい』の、それぞれの意味内容を学び、時に応じ処に応じ人に応じて使い分けることが、徳性開発における謙虚の徳性の中の『おもい』という徳目段階なのであります。

これからこの3つに分類した@思いA想いB念い…の内容を順番に説明して、それを人生に生かしながら『おもい』の徳目を育んでゆくことになります。

 

まず@思い…ですが、これは『田』の『心』と書いてあります。

そして田の中は十字になっていて中心があるわけで、これは自分自身を指しております。

この十字の周囲には『口…囲い』があるわけで、この囲いが、自己認識の枠付けとなっています。

つまり思いというものは、自分を中心に思いを巡らすことで、これが悪く働けば自己中心・独我・占有欲となって暗黒思想に通じて行くが、この思いが善く働くと、思慮深さ、判断力、思想哲学へと昇華してゆくことになります。

深い哲学には基本となる尺度が必要で、この尺度は、他からも借りてくることは出来ますが、借りものの尺度であっても一旦は自分の尺度として当てはめて思いを巡らすわけで、そこからますます掘り下げて行く思いの働きかけは、自己内部に構築されてゆくのであります。

よって自己反省・自己内照・禊・懺悔に至っても、この『思い』を用いるわけで、この時に愛に繋がる『想い』を用いると、十分な反省をしないまま自らの過ちを簡単に許してしまったり、意思統一の『念い』を用いると、その場しのぎのプラス思考で解決のされないまま、心の問題をなおざりとされ、心の内部に残された悪痕が、時おり本人の内部から得体の知れない恐怖観念として、威嚇してくるのであります。

 

次にA想い…ですが、これは『相手』の『心』と書いてある通り、相対する人を中心にした想いを廻らす心であります。

相手の行動を見て『私なら、こう思う…』とか『あの人は、○○したいのだろう…』とか『きっとあの人は、あんな風に考えているんだよ…』とか…の思い込みによる指摘は、全て【思い】であって、《自分なら、あのようにするだろう》と、自分の尺度を相手に当てはめた【思い】なのです。

ゆえに【想い】というものは一段階高いステージにあるわけで、相手の気持ちを洞察するという事前作業が必要になります。

この事前作業における情報が多ければ多いほど、より鮮明な相手の心を掴めるわけですが、ここで『私なら、こう思う…』という思い(尺度)を割り引くためにも、【想い】を思慮する以前に、自らの【思い】が如何なるものであるかを、自分自身が知っておく必要があるのです。

それゆえに【想い】を深めるためには、自らの思い(性質・考え方・心の傾向性)を常日頃から自己チェックしておかなければならないということです。

 

次にB念い…についてですが、これは『今』の『心』と書いてあります。

つまり今の一点に様々な『おもい』を集約し、凝縮して意思統一することによって、いままでバラバラに分散していた意識が、一定の方向性をもった強い意志として働き始め、大きなエネルギーを伴なって、その【念い】に込められた意味内容の実現を急がせることになります。

この【念い】も近年は特に間違った使い方をされて、自己破壊願望が強いがために病気や事件事故などを誘発し、我の強さが禍して不運な人生を渡っている人が多いのです。

更にそうした人の周囲まで被害が及んでいます。

念には一定の方向性(霊力から力学)が働きますが、残念ながらこれは善にも悪にも使われている…。

ゆえに過度の執着や憎悪、怨恨や嫉妬などで不平不満に囚われすぎると、いつしかそれらの『おもい』が集積して、念の力学で悪しき描写を現すということです。

善にも悪にも使える『おもい』であるからこそ、努めて善き方向に扱うべきでここに念いの剣(諸刃の剣)を扱う人の徳性(人格)の方を高めておかなければならないのです。

よって、念いはまた一段高いステージにある心であり、基礎となる【思い】を常日頃から自己チェックして、偏見や先入観のない【想い】で相手に接することが出来る心境にならなければ、無闇に力自慢で【念い】の剣を振り回してはならないということです。

 

今までの話を纏めると…。

@思い…は、自己反省・自己内照などのために扱う心で、使い方が正しければ思慮深さや、高邁な思想哲学にまで達するが、使い方を誤ると暗黒思想の底無し沼に嵌まり込んで身動きがとれなくなるでしょう…。

A想い…は、偏見や先入観などの歪んだ【思い】が薄まるに従って、他者への優しさや想いやりが深まり、行く末は正しい愛や慈悲へ達する本来の【想い】に昇華してゆきます。

しかしこれを誤ると、自分では相手の為だと言いながら、他者批判や非難中傷へと走りがちで、こうした事実は精神の基礎となる【思い】すらクリアしていない現状を、暗に本人が自分の心の現状を暴露しているだけのことです。

B念い…は、正しく扱える人が一人いるだけで、その人の周囲には愛や平和が現れてまいります。世界平和を祈る念いが本物であるならば、本当の意味で地上に戦禍は無くなるでしょう。

しかしこの【念い】の使い方を誤ると、疑いや憎悪、嫉妬や怨恨など、疑心暗鬼に狂う地獄的意識を引きずった死霊たちをも誘発させ、地上には争いや難病、更には天変地異のような天災などをも呼び込むことになります。

したがって【思い】【想い】【念い】のそれぞれの意味内容をシッカリと学び日々心の浄化を怠りなく、徐々に正しい『おもい』を積み重ね、人生に生かしてゆくことによって、地上に本当の愛の花が咲き、本当の天国が地上天国として実現することになります。

 

 

 

16 徳性開発 【謙虚】