03 そなえ

(創意工夫)

 

 謙虚の徳性には『そなえ』という徳目があります。

この『そなえ』とは何かといいますと、一言でいえば事前の準備をするということです。

何に対する事前の準備かといいますと、これすなわち夢を実現させるための事前の準備であるということです。

そのために必要なものは、想い描くという習慣であります。

実はこの想い描きこそ、希望という名で言われてきた描力そのものなのです。

人生は未来の見えない暗闇を暗中模索するかのごとく言われてきたわけです。

事前に希望という名の前照灯(ヘッドライト)で道(人生)を照らさずに突き進むなら、まさに手探り状態の人生となります。

その場合は突然、目前に現れる障害には成す術もなく、そのまま(見えないまま)衝突してから、その衝撃に驚き、立ち往生するしかないのであります。

しかし事前に未来を予想して、現れてくるであろう障害が見えたなら、その障害が実際に出てくる以前に、あれこれと対策を練っておけるのです。

この時の発想を習慣化し、描力を磨いておくことで、自らの夢を実現するための基礎精神が育まれ、『そなえ』の徳目が心構えとして構築されてゆくのであります。

 

この『そなえ』という徳目を育むためには、自らの夢(将来の目的目標)に対して、現在只今の自分の現状が、どのようなものかを確認しなければならないでしょう。

現状把握なくば夢の達成はありえないのです。

現状把握なくば夢は永遠に遥か遠くの光でしかないのです。

現状把握なくば夢は憧れのまま据え置きされ、いつの日か自然消滅して夢の無い(目的目標の無い)その場しのぎの人生になってしまうでしょう。

現在只今の自分が、どのような状況下にあるかを、勇気をもって見渡す必要があるのです。

ここで人生の逃避者は、自らの不甲斐ない一面には目を覆い、他人の見栄えの良いものばかりを肯定して追い求め、軽い世渡りを楽しむかもしれない…。

またここで人生の迷妄者は、夢そのものを否定して、現実主義を貫いて、夢追い人たちの足止めをするかもしれない…。

こうした人たちに足りないものは、ただ一つ、自らの現状を正しく把握する勇気なのでしょう。

その現状把握が出来てこそ次のステップに進めるのです。

現状が明らかになってこそ、理想とのギャップに気付くのです。

そしてそのギャップを埋め合わせるために、『そなえ』の徳目が存在するのであります。

 

さて、目的目標があり、自らの現状が見渡せたなら、そこに見えてくるものは理想と現実とのギャップです。

このギャップが見えるからこそ、現実の自分を理想に近付けるために必要な要素が幾つも発見できるのです。

現状の自分に足りない要素を獲得するためには何をすればよいか…。

どこに行き、何に身を置けばよいのか…。

どれくらいの時間が必要か…。

こうした数々の創意工夫が生まれてきます。

この創意工夫こそ、希望という名の想い描きであるのです。

この描力を磨いて質を高めておくことによって、描力そのものは、あらゆる場面(物事)に応用が効くようになるはずです。

そうして想い描いたものを実際に行ってみることです。

この時に、なかなか行動に移せない人が多いのですが、すぐに行動できない理由は、その想い描きに具体性が乏しいからです。

夢は、具体的であればあるほど実現しやすいと言われています。

ゆえにこの描力には、明らかに人によって実力の差が現れてくるものなのです

発展的な思考を一歩づつステップUPさせる段階論を、自分なりの歩調(ペース)に合わせて描いて下さい。

 

目的目標をもち、現状把握を通して具体的な段階論を描いたならば、次なるステップは実践です。

『そなえ』の徳目は、単なる空想ではないので、その想い描きを実行に移して始めて完成へと向かいます。

机上の空論や妄想で終わることなく、現在只今より、たとえ小さな一歩でも構わないので始めることです。

『千里の道も一歩から…』 この訓示を忘れなきように…。

徳性とは、行ずる十四の心であると説かれているように、実行に移さなければ何も始まっては行きません。

それは逆に見れば、徳性は実践に移すときに、その実践に注いだ実力の分だけの結果が必ず伴なうということを裏付けています。

『そなえ』という徳目も、事前に備える(創意工夫する)ことによって、その行動において数々の障壁をクリアしてゆくことでしょう。

『備えあれば憂いなし…』という言葉は、まさに金言なのです。

前もって、将来に現れるであろう障害が見えるのに、事前に対策を打たない人が多いのは誠に残念です。

普通の人は痛みを伴なって始めて事の重大さに驚くものですが、『そなえ』の徳目を積み重ねる人であれば、そんな障害は軽快に乗り越えてゆく通過点に過ぎないことを知っております。

 

ここまで『そなえ』の徳目について語ってきたわけですが、究極においての『そなえ』は何であるかをお伝えしたいと想います。

人は地上に生まれ、人生を通して体験を積み、やがて死して霊界へと里帰りいたします。

そして時をへて、また地上に生まれ変わります。

こうして輪廻転生を繰り返します。

こうした事実を受け止めるならば、究極の『そなえ』が何であるかは、おぼろげながら見えてくると想います。

そうなのです、永遠の生命としての『そなえ』が究極の『そなえ』になるはずです。

今後も未来の各時代に転生するであろう、まだ見ぬ未来の自分への生命の継承として、良き魂の傾向性を育んであげることが究極の『そなえ』になります。

遠い未来の貴方は、何処かで何らかの気付きを得るであろうが、その気付きの材料(魂の傾向性)を魂の遺産として心に刻み残した貴方自身が、未来の貴方に気付きというプレゼントを託した贈り主であるのです。

かつて(過去世)の貴方も、そうしてくれたように、来世の貴方にも気付きのプレゼントを残してあげて下さい。

そうして永遠の生命は、愛の循環を通して、無限生長を続けるのであります。

 

 

 

16 徳性開発 【謙虚】