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12 中津瀬思考 |
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何かに目的目標を持ち、その達成を追い求めて努力する人たちは、どことなく他者にはない輝きが感じられたりするでしょう。 その輝きを失わないために、また努力を怠りなく前向きに突き進む姿勢は美しいと想います。 真面目に取り組めば常人以上の成功を納め、自他ともに認める優秀な才能は、他者の憧れの対象にすらなるわけです。 だからこそ本人は更に頑張って突き進むのですが、その勢いが順風満帆すぎて、いつしか自分で納まりが付かなくなることもあるでしょう。 けれどもここで時おり立ち止まり、自らの意志で自制(コントロール)を効かせて、勢いの調整を試みることも必要です。 これとは逆に、何もすることがなく、何の努力もしないでも、それなりに幸せを感じて生きている人も居るわけで、彼らは世捨て人ではないにしても、ノンビリ、ゆったりと寛ぐことで、自分自身を見失わないようにしているのでしょう。 制限なく突っ走る人も、のんびり寛ぐ人も、どちらも一抹の真理を物語っておりますし何ら否定の余地は無いかにみえますが、それらの両極が、『動』と『静』との両限(それぞれの限界)を知った上での本人の基本姿勢であれば、それはそれでOKかもしれません。 両極端を理解した上で、今の自分の歩調が最も良いと判断しているのなら、それが本人にとって最も良い精神状態だと想えるからです。 しかし両極端を知らないまま、『動』か『静』どちらかに片寄っているならば、残念ながら見識の狭さを観じさせます。 そして実践力の乏しさを認めざる負えないのです。 両極端を知った上での最も自分に合った歩調(ペース)を見い出すことは大切なことです。 これを中津瀬の精神といわれていますが、徳性開発の中では14思考の一つとして、中津瀬思考として取り扱いたいと想います。
古事記の神話によりますと、黄泉国(よもつくに)へ旅立たれた妻神を求めて、黄泉国へ行かれた伊邪那岐神は、その国の惨状を恐れて黄泉平坂(よもつひらさか)まで逃げ帰ってまいりました。 そして… 『私は誠に穢れた世界に行っていた。私のこの身体まで汚してしまった。この穢れた身体を禊払いしなければならない…』 …と言われて、筑紫の日向の立端の音の阿波岐原(あはぎがはら)にて禊払いをされたのです。 そこで伊邪那岐神は『上津瀬は瀬速し。下津瀬は瀬遅し。我れ中津瀬にて禊払いせむ…』と言われて、中津瀬に入られて禊払いをされたということです。 『上流は川の流れが速すぎる。下流は川の流れが遅すぎる。私は程よい中流にて御身を清めることにしよう…』 このように言われて伊邪那岐神は中津瀬に入られて徳性開発をされたのです。 この上流に当たるのが、難行苦行であるのかもしれません。 滝に打たれたり火に炙られたり、人間の限界に果敢に挑戦して前人未踏の地を開く者たちの心意気に近いかもしれません。 また下流に当たるのが、お気楽主義になるでしょうか。 なにも苦しみ悲しみを、わざわざ求めなくとも、今ある幸せで十分ではないか。 満ち足りた喜びを感じながら生きれば、それでいいではないか…。 こうした気楽な考え方もあるでしょう。 しかし伊邪那岐神は中流(中津瀬)を採られたのです。 それがご自分の生長にとって、最も良い位置関係だと知っていたからです。 中津瀬精神とは仏教でいうところの中道であり、儒教でいうところの中庸に当たります。 つまり上限も下限も知った者であるからこそ、その中間が何処に位置するかを見い出すことが出来るということです。 この逸話(古事記の神話)から人生を学ぶとするならば、徳性開発に臨む者は、ある程度の上限(難界)と下限(軟界)とを知っておくべきでしょう。 もちろん両極端にドップリと嵌まってしまわないことを祈るしかないですが、自分にとっても本当の中道(中庸)は何処に在りや…を、一度は見定める必要がありそうです。 |