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13 三源思考 |
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人が複数あつまれば、そこに会話が始まります。 会話は言葉を頼りにして交わされるわけですが、この言葉の流用が様々な変化をみせ、その時代の特色を形造って行きます。 かくして文化は栄え、次代へと引き継がれてゆくのであります。 この文化の綾を成すものは多種多様で、人の数だけの広がりを見せています。 しかし大まかな流れの中で見渡せば、大きな数本の流れの中に集約されています。 それは河川の流れのように、細々と流れる支流が合わさって小川となり、また数々の小川が集まって川を形成し、さらに各方面から川と川とが合流して大河となり、やがて海へと注がれる姿…。 文化の流れにも、こうした数本の時代的大河が存在するでしょう。 ひところ流行った共産主義も、北欧の大国崩壊を迎えて揺らぎつつありますが、現在の世界を席巻している自由主義も、いずれは崩壊する日が迫っています。 誰もが学校で学んだ進化論や、現代科学の巌となっている唯物論も、時の流れとともに傍流へと追いやられるでしょう。 しかし主義主張が発生するからには、そこに何らかの発生要因があると認めねばなりません。 何もないところに火の手は点かないのです。 火種となる発生要因は、火が点くだけの存在理由があったということです。 そしてその時点においては儚くも望まれたものでもあったのです。 こうした歴史上に発生した数々の主義主張・思想哲学・政治経済・文化宗教・その他あらゆる部門に跨って相容れない壁があるとするならば、それは形(物質)をメインに展開する三次元的発想に意識が留まって(固まって)いるからです。 その固まりを解き放ち、まるで氷を溶かした自由な水の流れに変換するように、思考における自由性を追求するべきで、これを三源思考として説明いたします。
水は外気が冷えて0℃以下になれば氷となって固まり、逆に温度が上昇して100℃以上になれば、気体となって蒸発してゆきます。 氷の状態では固まったまま身動きは取れませんが、水に還元されると自由に(…もっとも高みから低みへと…だが)流れることが出来る…。 さらに気体となれば、まさしく自由自在に大気へと浮遊さえするのであります。 これを『水の三態』といいますが、この水の三態は本当に分かり易いですね…。 これと同じ意味合いが人間の魂にも当て嵌まります。 人間は、地上界に生きている間は肉体に納まり、一人の人間として個性豊かに生きています。 しかし肉体死後は霊体として自由な境涯に立つことが出来ます。 もちろん心の生長ぐあいで帰りゆく霊界は違ってまいりますが、霊界では霊体という霊的ボディーで自由を満喫するのであります。 さらに魂は本来の生命の実相を悟れば、それまでの霊体をも脱ぎ捨てて、本来の神の子としての神体で更なる如意自在な境地に達するでしょう。 こうした神霊界の本質を、新創世記を迎え入れた皆さんは、もうそろそろ心根で受け入れなければなりません。 そうした観点をもってこそ、この地上界の本来の必要性が見えてくるからです。 そこにこそ今まで地上で蔓延った迷妄邪説の群脈も、ある一定分野として未来へ帯同が許されるのであります。 つまり霊学なくしては新創世記はありえないということです。 霊学の視点を持って地上のあらゆる思想哲学・主義主張を眺め、現在只今においては、どの程度の真理を表現しえているかを、判断できる貴方であって下さい。 水の三態は、こうした視点を想起させることに役立つはずです。 そうしていたずらに旧態の論説を排除せず、寛大な心で総てを対処できるはずです。 |