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19 枠付思考 |
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自分では手を抜いていなくても、どんなに頑張ってもどうしても上手く行かない時期があります。 最初から順風漫歩で人生を渡り、すべてを終えてゆく人は皆無に等しいです。 だれもが一度や二度は深い挫折に苛まれている。 それはまるで アリ地獄に落ち込んだ一匹のアリのように、もがいてももがいてもアリ地獄の穴から這い出せない状況にも似ています。 八方に手を尽くしてもどうしようもなく、あらゆる人にアドバイスを求めても道が開かれず、やがて萎縮して自信を失くし、遣り甲斐や生き甲斐すら感じられない焦燥に取り巻かれる…。 現在こうした辛い時期に在る人は、とくによく読み取ってほしいと想います。 人生には不必要なものは一つも無いということを肝に銘じて下さい。 一つも無いのです。 すべてが気付きの対象(要素)であり、すべてが生長の砥石であり、すべてが愛のキッカケであります。 悪意そのものまで肯定するわけではないのですが、その悪意が自分に及ぶからには、やはりそれなりの理由があるはずで、その理由の中の幾ばくかは自分の方にも原因があったということです。 聖人君子のままでは一生を過ごすことは出来ません。 どんなに高潔な聖人賢哲であっても、本人の心の何処かに何かしらの問題を抱えもっているのであります。 むしろ聖哲であるからこそ、凡人以上の並外れた課題を背負っている…。 いま直面している問題は、自分の現状での精神レベルに即したものばかりなのです。 だから自分に解けない問題は一つもないということです。 それでも一つの問題を乗り越えるまでには、長い時間を要する場合も多いでしょう そうした時に枠付思考は、萎えかけた勇気を与えてくれるでしょう。 辛い想いで生きているのは自分一人だけではないということです。 同じような問題を抱えて生きている人も沢山いるはずで、そうした中でも更に重大な欠陥を引きずりながらも立派に生きている人もいるのです。 不幸観念の良くないところは、『なぜ自分だけが…』と、まるで自分一人が世界中の不運を背負っているかのように錯覚するところで、こうした『なぜ、自分だけが…』と思う気持ちは、我心(自己中心)がマイナス面(鬱方面)に現れた結果なのです。 自分一人だけではない…。 世の中には更に辛い人生を生きている人たちがいる…。 その人たちは、いったいどのような心持ちで生きているのであろうか…。 自分が辛いと思う気持ち以上に、重苦しい圧迫を受けているかもしれない…。 そうすると自分が現在、置かれている苦境は、この苦しみを乗り越えたなら、その乗り越えた心境(頑張り)と方法は、彼らを手助けする一つの処方箋にはならないだろうか…。 同じ苦しみを知っているからこそ、苦杯を味わってきた者であるからこそ、辛い最中に居る人たちを手助けしてあげられるのです。 苦しい体験を乗り越えてきた人の話には、身につまされるような説得力があります。 かりに何も解決に導いてあげられなくとも、同じ気持ちを知る者として話だけでも聞いてあげられるのです。 自分と同じ枠付けの人たちが居るということは、自分の想いと共感し合える最良の仲間が居るということです。 あなたはそうした大切な仲間たちを苦境の淵から救い出してあげるべきです。 そのためにも、あなた自身が直面する課題(苦難困難)を前向きにクリアしなければならないのです。 |