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20 落着思考 |
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人は一人では生きてゆけません。 社会は人と人との関わりの世界です。 自分のもつ個性と相手がもつ個性を、同じ時、同じ場所で、出し合い受け留め合うことになります。 個性であるがゆえに、お互いの性質には違いがあります。 この違いが時には大きな摩擦となって、双方の気持ちを害して、心の荒ぶりとなることも多いのではないでしょうか…。 意思の疎通が難しくなり、相手の存在が暇しくなり、声を聞くだけで、相手が側に居るだけで、腹立たしく思えることもあるかもしれません。 自分が一番言ってほしくないような言葉も、相手は言ってきたりします。 自分が一番嫌うような行動を、時に相手はしたりもします。 そうした時に胸の内から、煮えくりかえすような怒りが沸いて、カッカ、カッカと熱くなる場面もありえるでしょう。 そうした時に、その怒りの感情が沸くままに吐き出していたなら、どうみても主役は感情の方であり、自分は脇役か、もしくは蚊帳の外に居るわけで、つねに主体が感情となってしまうと、自分はまさに感情の奴隷のような立場で、感情の思うがままに振り回されてしまいます。 そうした時に『ちょっと待てよ…』と立ち止まり、大きく一呼吸してみると良いのです そしてその怒りの感情の正体を見極めてみると良いのです。 ここで一息付くことによって、怒りの感情の追従を一旦は断ち切ることに成功します。 沸き出でてくる感情の中には、当然のこと自分の思いも含まれておりますが、自分以外の去来した思念想念も含まれているのです。 世の中には立腹した時の怒鳴り文句が、後から後から飛び出してくる怒鳴り上手がいるようですが、その背景には霊的な作用も関係していると知らなければなりません。 心が荒ぶり、感情が高ぶってきたなら、その初期段階で『ちょっと待てよ…』と一呼吸付くようにして下さい。 こうすることで怒りの連鎖を一旦は断ち切ることになり、その間隙を利用して、感情の持ち主が自分であるということをアピールすることです。 この感情のコントロールは自分が主役なのだと心の内に向かって言いきることです。 そうして荒ぶる感情を沈静化させるために、自分で自分の心の内を説得することになります。 この腹立ちは本当に今すぐ必要なのか…。 胸に込み上げる怒りは相手に対して妥当なのか…。 時には相手に伝えておかなければならない苦言もあるが、それを伝える最もよい時期は今なのか…。 こうした説得を心の内部にしてみることです。 相手に苦言を呈するのは、心の荒ぶりが納まってからでもよいのです。 むしろ落ち着きが出てからの方が、冷静な態度で望めるはずで、いたずらに感情のまま相手にとっかかると、向こうもさらに感情的になり、言わなくてもよいような失言まで言い合うことになりかねません。 落着思考の原点は、湖に浮かぶ水面です。 強風に激しく波立った湖面も、時が経てば徐々に凪いでゆきます。 地震や強風が止めば、自然に凪いでゆくということは、湖面の平常心(本来の姿)は波が凪いだ状態であるということです。 明鏡止水の境地は大自然の在るべき姿であり、自然界の美しさは素のままの心であります。 人間の心もかくの如く、荒れた気持ちを沈静化させて一時の静寂を待てば、自然に本来の美しい人間像に立ち返るということです。 相手に変革を迫るのは、その後でも十分です。 こうした落着思考を心掛けて下さい。 |