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24 天地思考 |
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天地(あめつち)という言葉は、普段あまり使われない言葉ではありますが、天と地といった二極に分かれた天地という意味ではないのです。 もともと天と地は一つのものとして創造され、それぞれの役割において相互に影響し合う関係であったのです。 俗に陰陽道という教説もありますが、陰と陽との相関関係は、相対する個別の極のみとして捉えてしまうと、個別主義が台頭するような現代では、優劣や勝敗や排斥などの愚行に走る迷妄者も出てくるでしょう。 男女同権を叫ばれて久しいですが、男女を対立したような立場に立たせてしまったのは、いったい誰なのでしょうか…。 これは男尊女卑を引きずった日本の歴史にも問題はありそうですが、男女は互いに相争う関係にあるものではないのであります。 男性にないものを女性はもっているし、また女性にないものを男性はもっている…。 お互いに相手がもっていないものを提供しつつ、補い合い、埋め合わせて、一つの共通理想に向かって突き進むべきなのです。 この男女の共通理想は、家庭という名の拠り所に見い出されるべきであり、それぞれの役割に応じた働きをすることによって家族に貢献するときに、その拡大延長された社会も国家も人類も、正しい調和と繁栄をもたらすのであります。 そういう観点から見ても天と地は本来は一つのものであり、それぞれの個性に応じた役割が、そこに存在するということであります。 天は地を想い、光を注ぎ雨を降らせ、地は天を想い、草木を茂らせ炎立たしめ、それぞれの役割において、お互いを生かし合うのです。 すべてのものは本来は一つのものであり、それぞれの個性に応じた役割を提供することによって、ひとつの統合的世界観が完成するのであります。 【天地(あめつち)の始めの時、高天原に成りませる神の御名は天之御中主神。次に高御産巣日神。次に神産巣日神。この三柱の神は、みな独り神なりまして、御身を隠したまいき】 これは古事記の冒頭の文体ですが、天地が今や始まりを迎えるにあたって、最も貴い三柱の神々が存在されたということです。 しかもこの三柱の神々は独り神(陰陽を融和した神…大如来)であったと書き記されています。 天地の始まりには、天と地は一つのものであったわけで、それゆえに独り神(大如来)が顕現されたのであります。 そして天之御中主神(すべての中心を統べる神)高御産巣日神(すべてを繁栄に導く神)神産巣日神(すべてを調和に導く神)の三柱の神が、それぞれの御役割をされることによって、天地開闢は果たされた…と、古事記の神話は物語っているのであります。 こうした神話から、とくに日本人が心に受け留めなければならない真理は、陰と陽とに役割をもって枝岐れた総ての概念は、中心帰一の理法の元に一つに融和すべきだという大真理であります。 これを古くて新しい言葉に置き換えるならば『むすび』という言葉になるでしょうか…。 『むすび』には、それぞれの極を統合するための核(中心)が必要だということです。 男女においてはそれが家庭であります。 そして社会も国家も地球人類も、この家という核(概念)がなければならない…。 ゆえに日本は我が国を『国家』と呼んだのであります。 家族としての暖かみ、想いやり、育み、許し、見守り…。 これらのことは家族の一員だからこそ、小言を言いながらでも相手を受け入れられるのであります。 家族の一員だからこそ本当の信頼が生まれ、国家(家庭)の中で育み導いていただいた恩恵に報いてゆけるのであります。 感謝報恩の心なくして、本来の秩序調和はありえません。 天地(あめつち)思考は、皆さんを家族愛としての『むすび』の原点に立ち返らせることでしょう。 |