04 て (挺身)

 

【調和】の徳性の中には『挺身』という徳目があります。

この挺身という徳目は、人と人とを繋ぎ合わせてゆく姿勢を育むものであります。

化学の世界には触媒(しょくばい)という役割があって、かりにⒶという物質とⒷという物質を結合させる際に、直接ⒶとⒷを掛け合わせても分離したままであるが、ここにⒸという物質を混合すると、今まで結合が難しかったⒶとⒷが、見事に化学変化を起こして結合してゆく…。

この時のⒸという物質の役割(働きかけ)が、触媒という役割になるわけです。

男女の縁結びにおいても、廻り逢うキッカケが無い男女を結び合わせるために、その仲介役を担う仲人さんの存在…。

この仲人さんにあたる役割が、化学における触媒と同じものになります。

『挺身』という徳目は、この触媒の作用を自発的に担ってゆく傾向性を磨くものであります。

ⒶとⒷの二者が結び合わされてゆく当初に、なくてはならないものはキッカケですが、このキッカケ作りに貢献しうる(手助けさせていただく…)自分作りでもあるわけです。

ⒶとⒷは、それぞれに違った個性であり、その違いが何であり、また共通項は何処にあるか…。

こうしたことを正しく洞察し、核心を掴んだ上で二者を歩み寄せてゆくことになります。

この時に仲介(触媒)となりゆく自分の個性ばかりが強すぎると、強引な説得となったり、場違いな廻り逢わせをしたりして、かえって他者に迷惑をかけてしまうこともありえるのです。

やはりここでも自分というものを、よくよく知っておく必要があり、自分の個性が如何なるものであるかを熟知した者であるからこそ、無理なく自らを脇役に置けるのであります。

ここで自我が強く出すぎると、自分の評価ばかりを気にして相手に見返りを求めたり、それなりの対価を要求したり…。

もはや人のためではなく、自分の評価(対価)のために仲介(この場合は商売になる…)になってしまいます。こうした人がなぜ自分ばかりに拘るのかというと、相手への想いやりが薄いからであります。

想いやりというものは相手の気持ちを考慮するということで、その人の立場や心情を理解して最も良き方向で導くということですが、この想いやりが薄く自分の評価ばかりが濃い人は、相手の気持ちなど全く考えず、いつも自分のペースのみで仲介を行っています。

外見的に見れば良い行いをしているように見えますが、実質的には余計なお世話になっているのです。

 

『挺身』という徳目は、とりもなおさず脇役であるという自覚を深め、ただ相手の幸せのために最善を尽くす想いと行為を現してゆくのであります。

私心をすて愛行に勤しむ魂の傾向性を磨いてゆくのみであります。

この『挺身』の徳目を磨いてゆく過程において、どうしても自我を振り払えない場合は、その基礎段階に当たる『ととのえ』の徳目を見つめ直さなければなりません。

自らの欲得願望に翻弄されたままでは、人様のために純粋に生きることは難しいし、他者に対する接し方の中に、我心を縁として介入してくる悪意(悪霊)を助長させることにもなるので注意が必要であります。

したがって『挺身』という徳目を育む際に、介入してくる悪意(悪霊)を自らの意志で振り払ってゆかなければならない…。

そのための基礎的段階である『ととのえ』の徳目を、日々の自己研鑽として積み重ねておく必要があります。

ともすると人間は、スタート時においては清らかで素晴らしい想いによって、他者への愛行を始めるのですが、何時の間にか鉾先が狂わされて、気が付くと当初の高邁な理想が歪み、いったい何のために『挺身』の徳目があるのかさえ忘れ去って、大切な原点を見失うことになるのです。

こうしたことも十分にありえるため、『挺身』の徳目を積み重ねながらも、時として『ととのえ』の徳目に原点回帰しておく必要があります。

もっとハッキリ言うならば、正しい精神統一は日々の日課となるぐらいで丁度よいと想えます。

どのような立派な精神を有した人であっても、たとえ自分自身の甘えに強い人であっても、個人の問題なら乗り越えられたとしても、いつも相手が想定される『挺身』の徳目では、相手に関わる悪霊や、相手自身が身に宿す運命や宿命などが、どうしても絡んでくるのです。

自分の甘えに強い人であっても、他者への想いやりが深いからこそ、その想いやりの部分を歪めんとする悪意(悪霊)も存在するのであります。

その魔の手を上手に掻い潜り、つねに初志貫徹…。

原点回帰を怠らない真なる徳者を目指して下さい。

 

『挺身』という徳目は、極まれば極まるほどⒶとⒷという2者間の結びで終わることなく、二者間から三者間へ、さらに多数の様々な個性を有する方々を、見事に結び合わせてゆくことでしょう。

企業間におけるM&Aなどでも、お互いの利潤を尊重させながら、世のため人のために複数の企業体を束ねる(脇役を演ずる)人も出てくるでしょう。

さらに民族を越え、国境を越えて、国家間の結びを果たす高徳者も出現するかもしれないのです。

彼らが高徳者であるかどうかは、その心の内部に私心有りや否やを、つねに自己チェックしているかどうかで判断できるはずです。

こうして『挺身』という徳目においても、生長進化を遂げるものであって、本人の生長が止まったまま『挺身』の徳目を維持継続している人は、一人も居ないということを肝に銘ずる必要があります。

 

 

 

17 徳性開発 【調和】