09 れ (礼節)

 

かつてより『礼節』という言葉は人徳の代表のように語られてまいりました。

この礼節は大きく分けると二つの意味あいが込められているのです。

それが礼儀であり、片や節度であります。

 

礼儀は、人格の優れた先達に対する姿勢(心構え)であります。

また礼儀は、後裔たちを導くための人徳者としての姿勢(心構え)であります。

それらは本人の立ち居振る舞いとして自然に行われます。

どこにも無理がなく無駄もなく、あたかもその振る舞いが自然の流れそのもののようにさえ感じられます。

その場しのぎの建前でもなく、心の内面を隠すでもなく、相手の生命の実相を尊ぶ心は、自然な言葉となり行為となって先達を敬い、後裔を導く(育てる)のであります。

 

節度は、人間として踏み込んではならない領域を強いて侵すことなく、自と他の係わり合いにおいて互いに助け合い励まし合い、相手の存在そのものを尊び合う心掛けです。

春夏秋冬が一度に訪れることなく、徐々に季節変換してバトンタッチしてゆく姿にも映ります。

この節度ある係わり合いが友情を育て、友愛にまで高めてくれる心情なのであります。

この節度ある係わり合いが恋する人を、愛する人にまで深めてくれる心情なのであります。

こうした礼儀と節度を兼ね備えた心持ちが『礼節』という徳目なのです。

神に対する礼儀、他者への節度…。

この天地を貫く時間軸と、果てしなく広がる空間軸の中に、一人一人の人間は生きております。

神に対する正しい神仰心と同じ想いが他者へと注がれたときに、節度ある人間関係の中に真なる信仰心が芽生えてくるでしょう。

それは相手の心の奥底に生命の実相を見い出すからこそ芽生える信仰心なのであります。

したがって真なる『礼節』は威儀を正し、心を整え、心境は勿論のこと環境までをも清潔に保つようになるでしょう。

心の内面から外面、心構えから立ち居振る舞いへと自然に移行するのであります。

『礼節』こそ内外に渡って確認できる神の子の証明でもあります。

この『礼節』の徳目を日々堅実に積み重ね、地道に深めてゆくのみであります。

 

この『礼節』の徳目を高めてゆくためには、神の心が何処にあるかを常に確認しなければならないでしょう。

何のために礼儀を尽くし、何に対して節度を保つのか…。

この解答への模索を失った時に人は道を外し、迷い道に入り込んだことに気付かなくば、迷妄道を驀進するのみであります。

もし仮に目的目標が見失われたなら、『礼節』の徳目の基礎段階に当たる、謙虚の徳性『ろんり』の徳目を見つめ直す必要があります。

人生観の構築は人間生活の全般に渡って、正しい方向性を示してくれることでしょう。

 

『礼節』の徳目の根底には感謝報恩の想いがあります。

感謝報恩の想いがあるからこそ心の底から神を敬い、人との縁を信頼できるのであります。

疑い心で行われる礼節は打算であり計略であります。

自らの評価(自尊心)を気にするものは心の何処かで神を蔑ろにして他者を批判するのであります。

上辺は上手に繕うことが出来ても、徳者としての香り(オーラ)は感じられないでしょう。

真なる徳者は内面の光を隠しても隠しきれず、徳性の香り高さが漏れ出してくるし滲み出てくるのであります。

人間としての美しさ麗しさ、男性としての逞しさ気高さ、女性としての清らかさ可憐さ、こうした雰囲気は出そうと想ってもなかなか出せないものなのです。

常日頃から人知れず努力精進している人であれば、その心境の度合いに応じた全身から漏れ出る霊光(オーラ)が感じられます。

この霊光(オーラ)は我心(わがまま)が強いと薄れていきます。

なぜなら『礼節』の徳目は他者との調整の原理であり、行く末は秩序の世界が展開することこそ、正しい方向性を見せた『礼節』の在り方であるということです。

 

『礼節』の徳目を育むのに最もよい方法は感謝行です。

自分の周囲に存在する在りとあらゆる人々・物事に感謝の想いを捧げるということであります。

感謝の想いは念波となって相手に届き、その想いをして自分も相手も善展開なさしめます。

その時に感謝を捧げる対象は、相対する人・物・事の実相(神の分け御霊としての本来の姿)そのものであります。

相手の神性を礼拝し、その奥なる生命の実相を拝み出すところまで行き着いたならば、人生百般の諸問題は陽炎のごとく消滅してゆきます。

その言葉が、そしてその行いが、正しい想いと一つになって現れることが、『礼節』という徳目の目指すべき方途であります。

その時に自身の守護霊との意思疎通が果たされ、霊肉一体(不二一体)で神の秩序の一部分を司る本来の自分の姿を霊的に見るのであります。

何度も繰り返しますが、人は一人では生きていけません。

多くの人々の中で関わり合いながら生きるからこそ人間なのです。

公私の区別を『礼節』という徳目を通して実践に移してゆくのです。

そうした中で礼儀に対して威儀を正し、節度ある人間関係を目指して下さい。

 

 

 

17 徳性開発 【調和】