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18 え (信頼) |
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どのような人であっても、この世に生れ出て何十年かの人生を渡れば、数限りない出逢いと別れを経験します。 それがたとえ意識的に知覚しない人であっても、本人が知らないところで他の誰かとの係わりがあったかもしれないのです。 お互いに面識もないままに誰かと関わり合っている…。 たとえば社会保障の問題をみても、個人の僅かな掛け金が、何処かで誰かの不幸を救済する手助けになっている。 たとえば仕事で日々生産している生活必需品が、何処かで誰かの暮らしを支えている。 袖振り合うも多少の縁…と言いますが、地上に生れて何らかの仕事に従事するということにおいても、人類全体に向けた生活救済の可能性は無限であるということです。 人として生まれたからには人間関係を無視することは出来ないのであります。 だからこそ、そこで試される人生生活学校での課題は、相互の『信頼』であると言えるのです。 この『信頼』という徳目を深めることも、調和の徳性を高める上で必要不可欠である…。 『信頼』という徳目は一日二日で育まれるものではなく、常に地道な努力の積み重ねで深める徳目であります。 一生涯を通して完璧主義を貫こうとしても所詮は無理な話なのです。 むしろ人は様々な失敗を重ねながら、その失敗を克服する過程において反省と修正を実践し、より正しき常道をコツコツと積み重ね、その姿勢を魂の傾向性にまで高めることで、地道な歩みは相手の心に『信頼』という歩み寄りを促すことになるのであります。 すると失敗や挫折は、『信頼』を深めるための大きなチャンスでもあるということです。 だから小さな失策を恐れることなく、明るく素直に前向きな歩みを続ける姿勢が大切である…。
人心を腐らせる原因の一つはマンネリであります。 同じことの繰り返しを機械のように日々繰り返している間に、いつしか思考回路が固まって、新たな発想がしにくい人格になってしまいます。 長年の間、笑顔を忘れた顔面は固まり、意識的に笑うことすら出来ない人も稀に居るのです。 ここにも正しい方向性での積み重ねによる習慣化の重要性が語られてまいります。 『信頼』の徳目が見失われてしまったなら、その基礎段階にあたる陽明思考の原点に立ち戻るべきです。 相手の神性を良きものとして受け入れる心根が必要です。 そうして『信頼』の徳目は、一段階ステップアップした姿なのであります。 つまり真なる『信頼』は、相手の神性を礼拝し感謝の心が湧き出してこそ感じられる調和の徳性の一要素なのです。 信ずる心なくして『信頼』はありえない…。 何を信ずるのか、何を原点とするのか。 これは言わずと知れた生命の実相であります。 自他ともに神性をこそ信じ、相手の生命の実相をこそ礼拝するのです。 相手も自分も、本来は神の子であると信じることによって、表面では相容れない人であっても、心の奥底にて『信頼』の蕾が花咲く時期を待っております。 なおさら人間には一人に一体づつ守護霊がついて、その仕事・生活・動行の一部始終を見守っています。 だからこそ自分の意思は相手に伝わり、相手の意思も自分に伝わるのです。 目に見えない世界では一人の人間の範疇を超えた遣り取りが霊的に行われている…。 こうした経過が理解できれば、いままで偶然だと想っていたものが総て必然であったと自覚できるのであります。
天変地異で壊滅状態に追い込まれた地域の復興再建も、地上の人間の意図のみで行われているわけではなく、霊界からも多くの支援を賜わっているのです。 相互の信頼関係は人間心を超えた霊的信頼の次元に立って心を尽くすことこそが、太古の時代より大和精神として培われてきた日本人の産巣日(結び)の心であります。 そうした観点から見れば被災地の復興再建を手助けするためには、その地方で取れた魚介類や農作物、その地で加工成製された製品などを善意の心(信頼)で買い求めることも、大いなる義援行となるのです。 信頼を込めた真なる愛行は、そのまま天の蔵への徳積みとなって、尚一層の信頼の深まりへと誘ってくれるでしょう。 こうした地道な努力の結晶が、深まりつつある信頼関係を『絆』にまで高めるのです。
さらに意識が昇華すると心は水晶の如く清まって、限りなく我心が薄まってゆきます。 卓越した魂は神の世界にまで心が通じ、要所々々で神々の導きを得られるようになるでしょう。 他者との信頼が極まってゆくなら、和合一体から神人合一へと意識変換する可能性があるからです。 このように『信頼』の徳目ひとつ見ても、地道に自己研鑽を積み重ねれば、正しい道行の果てには光り輝く霊世界が待っているのです。 日本には古来より連綿と霊指導をされてきた日本の神々が存在します。 日本の風土を寄り添うように愛深く包まれ、、皆さんが意識するしないに関わりなく高度な神霊界から常に見守り導いてこられたのです。 こうした神々の御膝元で結びの大道(かんながらのみち)を、アセッションが叫ばれる時代の転換期にある皆さんも歩まれますように…。 |