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23 慈愛と共生 |
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個別思想が台頭した20世紀は、資本主義における競争原理が滑車をかけて、自我欲、独占欲、我保身に傾倒した新人類が多く出現しました。 そのため他者の心の痛みが感じられない鈍感精神も根付いてしまったのです。 そればかりか自身の心の痛みすら感じられない不感症人間まで出てきていました。 どうしてここまで人間の物質化が進んでしまったのか…。 それを綿密に分析する教育機関すら見当たらないのです。 ひととき流行った青春ドラマや、正義を貫くヒーローマンガなどにも、十分な反省回顧が無いまま結果オーライのプラス思考が時代をリードしていました。 失敗を欠点とせず、次なるステップへの教訓とする姿勢は素晴らしいのですが、一つの経験として反省回顧(現状把握・動向分析)が無いまま、安易なプラス思考で乗り切る姿勢は、人間の精神に逃避癖を植え付けるだけなのです。 そのような逃避癖が重なると自身の心の痛みすら感じられない不感症人間になってしまいます。 また高度成長期の悪習慣(悪循環)として公然と行われた競争原理(利益追求)は、他者の気持ちを度外視した企業戦略を強要して、健全な人間の精神を歪めさせ、労働者から心の倫理を失わしめた悪行を繰り返したのです。 今こそ資本主義の大きな欠陥を変革する時期ではないでしょうか。 それが宇宙時代といえる21世紀を迎えた人類の大きな課題である…。 しかし現今の社会主義の在り方が正しい訳ではありません。 ユートピア(地上天国)の実現を急ぎすぎた近代の社会主義は、大きな忘れ物をしています。 かつて古代ギリシャで説かれた人徳や、古き中国で説かれた仁徳の教え、これらの聖哲徳者の正しい教えが、近代の社会主義国の理念には乏しいのです。 さらにインドで説かれた高邁な法典(心の教え)や、西洋で説かれた聖典(愛の教え)もあったのです。 人間の精神構造に必要な生命の流れ(智恵や教訓)を忘れて、ユートピアという体裁(外郭)だけ整えた主義主張では、そこに住まう人びとの意識水準が追い着かないのです。 そうして溜め息のように漏れ出た愚痴や批判に政府が反応して、粛清を繰り返した歴史でありました。
真なる調和に必要な精神は『むすび』の心です。 正しい『むすび』は、お互いの生命の実相を認め合うことから始まります。 相互の気持ちを理解し合い、共に生かし合う社会を理想とする…。 この想いの出所は遥かなる高次元の神々の慈悲であり慈愛であります。 同じ心の痛みや喜びを感じ合える同朋として(兄弟姉妹として)助け合い励まし合い生かし合う世界を、地上にも現出させたいという神々の願いであり祈りであります。 |