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31 相互比較 |
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悟りというものは、古来より『差をとる…』ことだと説かれてもまいりました。 人間は他人と比べるところに不幸不運が始まるのです。 見た目の個人的な差に捉われたなら、どこまで行っても本当の安楽はありえません。 自と他の違いに翻弄されることなく、それぞれの良さを尊びながら切磋琢磨できることこそ、大いなる進展が望まれるのです。 あえてこの差を比較の秤に用いるなら、どこまで根源神の御心により近いか…という本源的な相互比較になるでしょう。 そうしてその正確な結果は神が裁断されるのであり、人間心(狭い了見)で判断できるものではないのです。 だからこそ神の心を我が心として日々淡々と生きて、人事を尽くして天命を待つ精神を貫くべきなのであります。 いたずらにお山の大将を決め込んでも虚しいばかりであります。 大きな見地で自らの意思によりて脇役に回れる心の寛容さを持ち合わせていただきたい…。 |