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36 修行徳目 |
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小さな自己に捉われることなく、天意の一つを無心に行ずる姿…。 そこに生命としての個性が輝くのであって、自我に埋もれた人間の小ささは米粒ほどの存在意義もないのです。 むしろ何処までも自我を滅却せんと努める中にこそ、本来の生命の実相が見い出されるのであります。 これは個の人間の個性を軽はずみに置いた思想ではなく、個としての存在意義を魂の境地として超越した覚者が、次なる上段階に進む姿勢として、自発的に大いなる神の中に融け込んでゆく姿なのであります。 自分の評価を超越しきれない者には考えられない(受け取ることのできない)心境です。 自己が評価を得なければ生き甲斐を感じられない心境は、まだまだ神の世界の入り口にも立てない心境なのです。 そうでなければ大いなる全意識(実相大神)の偉大な奇跡を体現することは不可能なのであります。 こうしたところに『津』の徳目の修行徳目が有り得るのです。 |