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64 正しき模範 |
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地上に生きながらにして神の境地に達した方々は、歴史の挟間に何人かは居られたようですが、彼らはそれをあえて他言せず、一般人の一人として生き、生涯に渡って地道に天命を遂行されたのであります。 たとえば偉大な宗教家の中に大悟された方が居たのなら、彼は自らの立場を神とは論ぜず、神に仕える僕(しもべ)としての役割を演ずるのであります。 それは弟子たちに対する教導のためにも必要な配慮であり、教育者としての注意すべき心掛けでもあります。 尊敬される方であるからこそ、弟子たちは師を模範として人生を真似るものなのです。 尊師が傲慢さを戒めないなら、弟子たちも当然のように傲慢さを戒められないでしょう。 正しい悟りを求められない弟子たちにも問題はありますが、その弟子たちへの心の教えを正しく伝えられなかった師にも大いなる責任があるのです。 大師の背中をみて育ってくる弟子たちに、正しい模範を示すためにも、師は人生をかけて自戒と生長とを臨まなければならないのです。 |