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68 永遠の生命 |
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『深』の徳目を極めた果てに待っているものは、『深』の徳目の上段階に当たります『光明』の徳目(積極の徳性の一つ)であります。 正しい方向性における『深』の徳目の極みには、神の光明が発露されるということです。 もうそれは名実ともに神々の徳性であり、至高の聖地です。 だからこそ凡庸な努力では縁のない徳性なのです。 形ばかり真似る偽物は多いけれども、神の徳性は真実の光明そのものが証明しています。 光の強さ眩さだけでも比肩できない真実の光明なのです。 この光明を体現できる方は神のみです。 地上に生きる肉体を纏った人間が立ちえる境地ではない…。 人間は人間らしく日々コツコツと努力精進するのみなのです。 そうした地道な自己研鑽の果てに『深』の徳目が育まれるのであります。 決して高望みはせずに、目先の課題を一つずつ踏みしめてゆくのみです。 そうした普段の努力は天国に帰った後も続けられるべき徳目なのです。 それは人間の命が永遠に生き通しの生命であるからです。 |