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83 生命の実相 |
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神の子の『由』に、人間心としての自我が含まれる間は、『由』の徳目は自由(自我による由)として行使されるのです。 その自我による自由の、自(自我の部分)の領域が多ければ多いほど、人間は自由を求めながらも結果として不自由な規制に縛られてしまいがちです。 そうして自由意思と自由意思との相克の中で、ささやかな損得勘定における優劣に明け暮れるのです。 本来の自由(天来の自由)は、限りなく自我が薄まってこそ獲得できる生命の自由です。 この本来の自由意志(生命の実相)を取り戻すための魂修行こそ、『由』の徳目の自己研鑽なのであります。 自我が限りなく薄まってゆくと、生命の純粋個性が現われてまいります。 個生命誕生の原始に立ち返ることこそ、魂の里帰りに当たります。 これを日本神道では一言で『復命』と表現しています。 そこにこそ真実の『むすび』が顕現するのであります。 |