84 公我の悟り

 

この『由』の徳目を、心の持ちようが悪いまま追い求めると、自分の生命を縛るばかりか、周囲の人々の自由意思まで縛り付けてしまうことになるでしょう。

ここに古来より悟りを求めてきた方々の落とし穴が存在しました。

魂の基礎研鑽である【謙虚】【調和】の徳性を疎かにしたまま、俗世間の縛りから外れることが、ある種の悟りと勘違いされてきたのです。

一個性としての個我の悟りとしては尊い段階ですが、そのまま厭世的人生観に入るならば、個としての小さな自由でしかないのです。

たった一人きりの自由意思に、永遠なる喜びや普遍なる進化はありえません。

むしろ個我としての悟りは、自我(自己限定)の殻を内部から突き破るところに見い出さなければならないのです。

そこに次なる高次の悟りとして、公我の悟りが開けてゆくのであります。

こうした自我(自己限定)の殻を内部から突き破る魂修行こそ、まさしく『由』の徳目でもあるということです。

 

 

 

18 徳性開発 【融和】