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96 小我大我 |
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個人の認識の殻を内部から打ち破ることは案外と安易なことなのです。 一つの目的目標に向かって努力を惜しまず継続するなら必ず成し遂げてゆくはずです。 そうした観点からいっても、小我の悟りは万民に開かれた階梯なのかもしれません。 しかしそこに自分以外の意識存在が介在したなら、さらに高次の悟りが必要になります。 もはや個人的な逸脱意識だけでは済まされない現実に直面するでしょう。 ここにアインシュタイン博士が説かれた相対性理論が、人間関係の在り方にも生きてくるのであります。 しかもアインシュタイン博士の特殊相対性理論こそ究極の人間関係を物語っています。 相対性理論は視点が個人(自分)ですが、特殊相対性理論は視点が第三者(客観性)であり、自己も他者も自由な意識を繰り成しながら、お互いの個性の違いを判断しなければならないのです。 その場合の判断視点は、個別な人間知を超越した大我(公的意識)でなければならない…。 こうした生命の超越観なくして『類』の徳目昇華は有りえないということです。 |