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00 積極(総論) |
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積極の徳性の中の帰依の徳目を、地上界に生きながら得られた方を幾人か挙げることが出来ます。
イエス・キリスト 愛を貫いて最後まで神の子としての模範を示し、真理の灯火を民衆の心に灯し続けた人生は、帰依の徳性段階を体現し超越した者でなければ貫けない遥かに高き心境です。
釈迦牟尼仏 御仏の境地は我欲を捨てた純粋無垢なる生命の実相であると看破され、身を挺して悟りへの階梯を説き、数多の高僧を育てた道程は、類い稀なる高徳者の人生であり御仏の降臨そのものでありました。
孔子 人類最高の徳性を有しながらも君子への道を説き、天と仁の教えに見えるように、天意の下で助け合い生かし合う人生観は、人のため国のため全生命のために生きる高徳者(帰依体現者)の見本となりました。
ソクラテス 哲学の根本は学問を超越した霊性にあると知覚され、当時すでに形骸化した学派を対機説法を用いた問答で論破し、哲学の本質を貫くために死刑罰さえ厭わなかった覚悟は、哲学の金字塔として幾時代を超えて現代も追い求められています。
聖徳太子 多文化混載の時代、正当な国史編纂が求められる最も難しい時期に、調和国家実現の礎を築くために敢えて自ら皇太子の地位で生きた高徳者であり、その後の日本の舵取(行く末)を示した人生は比肩を許さない程の高徳者(帰依体現者)の証であります。
どのような高徳者であっても、その時代の制約(洗礼)を受け止めた上で横綱相撲をとっています。 たんなる我流の主張ではなく、根底に流れる他者への愛が常に初心として存在するはずです。 そのため時代精神を読み解く能力も要求されるわけで、このことから考えてみても高徳者の人生には、安穏は薄いといえるかもしれません。 |