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14 解説【未来】 |
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大方の人間の悩み苦しみを大別すれば、だいたい次の二つに纏められます。 一つは持ち越し苦労であり、今一つは取り越し苦労であります。 持ち越し苦労は過去に見聞きし経験したものを、いつまでも引きずったまま煩悶して、過ぎ去った痛手を現在も継続中であるかのように錯覚をしたり、取り返しの付かない事物を悔やんで止まない状態です。 人間にとって過去を反省回顧することは重要ですが、反省回顧の正しい意義は持ち越し苦労を取り去る為に行なうのであり、罪を悪と認めて厭世的人生に堕するためではないのです。 持ち越し苦労は既に過去のものである…。 今後の生き方を軌道修正するための貴重な教材として反省回顧し、将来に活かして使ってゆけば良いのです。 その場合の割り切りは諦めではなく、過去の経験を教訓に変えて明るい未来を生きる為の光明展開です。 取り越し苦労は未だ来らぬ将来の艱難辛苦が、既に現在に於いて経験中であるかのように錯覚をして、近い将来(明日にでも…)そのまま艱難辛苦が起こるのではないかと煩悶し、不安と恐怖心を抱いた状態です。 人間にとって未来の道筋を見通すことは重要ですが、未来図を描く正しい意義は、取り越し苦労を取り去る為に行なうのであり、将来を悲観して暗黒思考に堕するためではないのです。 取り越し苦労は未だ来らぬ未来である…。 予想される艱難辛苦は事前の準備をすることで克服し、先見の明を磨く砥石として有難く受け入れることです。 その場合の想い描きは失望ではなく、未来図に見える暗所(艱難辛苦)に街灯(解決策)をもって照らす為の光明展開です。 過去・現在・未来という時の流れを構成しているものの正体は、今という原点の連続であります。 人間は時間と空間が交差した久遠の今(永遠の今)を生きている…。 この今の接点に超入することで、過去・現在・未来を同時に生きることが出来るのです。 東洋の教えに『一日一生』という生き方がありますが、これは厭世的人生(諦めの人生)ではなく、運命を前向きに受け入れた人生の光明展開でありました。 また『即身成仏』という法理論もありますが、地上世界に生きる人間そのままで即身成仏なのではなく、神の子(仏の子)の自覚を深めんと時空の接点に超入する意志そのものが即身成仏なのです。 人間は久遠の今(永遠の今)を生きているからこそ、現在只今の存在意義は常に明るい未来を開く為の一挙手一投足であると言うことです。 反省回顧の必要性も、正しい未来を歩む為の軌道修正であり足場固めであります。 久遠の今(永遠の今)を生きる者は、常に未来を生きているのです。 過去の様々な想いを救済し、将来を生きる自分を(同時に衆生を)助ける手立てを残し、今の原点に思念想念を集約して超入することで、実相世界の光明が未来に充ち満たされるでしょう。 【未来】という徳目も高い位の徳性の一つであり、実相世界の神々が魂に有する如来の神法そのものであります。 人類は世紀末を迎え、その末期に数多の光の天使たちが地上に降臨して現在も活動を続けています。 そうして新創世記が開かれたと同時に、人類の明るい未来も開かれたのです。 暗雲棚引く現状の世界は、やがて消えゆく仮存在の世界観である…。 今こそ歴史上から取り越し苦労を開放し、思想上から持ち越し苦労を放逐して、未来を生きる人類の心に、永らく忘れ去られて久しい『むすび』の精神を取り戻す時期であります。 多民族が混在する地球という惑星に、現在も他の惑星から移住してくる宇宙人が存在します。 科学の力で飛来する他惑星人も居れば、霊的に飛来して地球人として地上に生まれ出る他銀河星人も居ます。 ますます異次元の文化が増える中で、今や民族間の闘争を繰り返している場合ではないのです。 地球人は地球という名の心の家族である…。 一つ屋根の下で生きる親子兄弟姉妹として、生かし合い助け合う人間関係を心掛けるべきなのです。 それが宇宙時代の未来を生きる人類の最低条件でなければならないのであります。 |