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01 愛心 |
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【仁徳】とは何か…。 これを正確に答えられる現代人は皆無に等しいでしょう。 ほんの一握りの覚者が存在していて彼らが仁徳を語ったとしても、それを正確に理解出来る人の数も乏しいのが現状です。 もう少し時代精神を底上げしなければ、仁徳尺度は自己弁護に使われたり他者批判の材料にされるだけです。 それでも誰かが何処かで語らなければ仁徳如何も伝わらない…。 新創世記が語られる現代は、その好機が訪れているのであります。 【仁徳】の五大要素は何かと言えば、@『愛心』A『陰徳』B『宇宙』C『永遠』D『大祓』であります。 まず@『愛心』ですが、これは太陽の心そのものです。 太陽は総ての生成化育を導く生命力の根源であり、その御心は父心であり母心であります。 父母の愛は家庭を護りながら子供たちを育てる使命が中核にあります。 そうしてこれが愛心(陽徳)の在るべき姿でもある…。 ここに個人的な好き嫌いは無く、利己的な選択肢もありません。 如何なる放蕩息子であっても我が子であるがゆえに自己の親責任として育むのであり、その導きに於いては我が子であるがゆえに手厳しい叱責もありえるのです。 最後まで見捨てることがないからこそ、善導の御手を差し出すのであります。 そこに相手の現状に即した智恵を駆使して、時には相手の心境に即した時間経過を待つということもありえます。 この太陽の心は実相大神の大御心そのものであります。 つまり仁徳は神徳が地上世界で人格化した姿なのです。 神の降臨を想わせるような立ち居振る舞いや言動…。 それでいて初心を忘れない謙虚さを貫く姿勢。 さらに世のため人のために一命を投ずる潔さ…。 まだまだ数えあげればキリが無い程、人々の規範となり模範となる生き方を貫ける精神は、常日頃からコツコツと徳積みしている研鑽者しか理解出来ない心境であります。 外見的体裁だけ真似ることは出来ても物真似は借物に過ぎないのです。 本物の高徳者は本人のみが知る聖地を心の中に持ち歩いています。 だからこそ徳性上位者は下位者の精神状態を見抜けるが、徳性下位者は上位者の心的世界を見抜けないのが道理であります。 判断尺度が1メートルのモノサシ(上位者)で数ミリ・数センチのモノサシ(下位者)を見れば一目瞭然でありますが、数ミリ・数センチのモノサシ(下位者)が1メートルのモノサシ(上位者)を推し図ろうとしても所詮は数ミリ・数センチの部分的判断尺度でしか理解出来ないのです。 しかしながら努力を惜しまない下位者は、数ミリ・数センチの判断尺度を積み重ねて解明することが可能であります。 その場合の下位者は理解力や認知力・判断力が増して1メートルの上位者尺度を手に入れることになります。 つまり普段の努力精進によって魂の昇華を得られる時があると言うことです。 |