04 永遠

 

次に【仁徳】の理念の五大要素の四つ目は『永遠』であります。

人間の生命は永遠に生き通しであり、転生輪廻を繰り返しながら魂は進化して愛念も深まるものなのです。

しかし人間は地上界に生きている間に精神の物質化が侵攻して、生命は限り有るものと誤信することで霊的な感性が薄れてしまいました。

誤信(限り有る命)は極度の保身(恐怖心からの)に走らせ、それによりて延命のための物質信仰への依頼心に傾倒したのです。

そのため人格者としての潔さや立ち居振る舞いが薄れ、藁にも縋る惨めな人生を辿るのです。

繰り返しますが、人間の生命は永遠に生き通しです。

前世の記憶は消滅したのではなく、魂の宝庫(想念帯)に仕舞い込んでいるだけなのです。

仏教で説かれてきたカルマ(業の流転)は真実なのであります。

善業も悪業も来世に持ち越しながら魂の生長に繋げなければならない…。

永遠の生命を自覚した者は人生を貴重な修練道場として大切に扱うようになります。

巡り逢う人々は全て尊い教師(反面教師としても…)として対面しているはずです。

ようするに生命の永遠性を自覚して生きるのと、自覚しないまま生きるのとでは、天地ほどの生き方の違いがあると言うことです。

この永遠の悟りなくして本来の仁徳は語れないのです。

スパルタ主義も放任主義も本来の人格者からは程遠い教導手法なのです。

痛手を与えたり褒美を与えたりしなければ教導できない先導者は単に徳が足りない事実を想い知るべきであります。

人を導くような仕事に従事するなら先ずは自らの徳性を高めよ…。

ましてや自身の感情すらコントロール出来ない者をリーダー(先導者)として立ててはならないのです。

感情統制が出来ないということは霊的感性から見れば精神病の一つなのです。

魂が幼稚な段階のまま大人社会の中で癇癪を起こす子供と同じで、こうした精神病者を間違ってもリーダー(先導者)にしてはならない…。

彼らは刹那的思考(突発的な思い付き)が多く、それでいて他者への配慮が薄いのです。

それは魂の感性に永遠性が欠けていることが大きな原因になっています。

つまりこれが人徳の理念に必要な五大要素の一つである『永遠』の存在理由なのであります。

偉人と言われる程の人格者たちは時間の観念を超越していた方が多かったはずです。

細かいことは気にせず、大らかで平らかな精神を維持された方が多かったはずです。

永遠性に於いて何処まで時間を超越しているか、霊的把握しているかで仁徳の高下も窺い知ることが出来るのであります。

 

 

 

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