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23 克己 |
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新生の徳性を体現する五大要素の最後の一つは『克己』です。 『克己』とは己れに打ち克つ心ですが、己れの何に打ち克つべきなのか…。 これは自分自身に対する甘えであったり弱さであったりします。 人は往々にして自分に甘く他人には厳しくなりがちですが、なぜそうなるのかというと、外見でばかり物事を見る習慣が強く、事物の内面を見抜く能力が弱いからであります。 内部を見抜く能力は、自分自身の心の内部に火(真理)を灯して(照らし合わせて)神の子として反省回顧を繰り返すことで高まるものなのです。 この内部作業(反省回顧)を怠っていると、自分の悪態を顧みないまま他者の失態を細々と指摘して裁くような、惨めな堅物に成り下がってしまいます。 反省回顧は人生の友としなければならない…。 自分自身の良し悪しを正しく判別できない者は他者の良し悪しを正しく判別することは出来ないのです。 自分の尺度を超えなければ、何処まで行っても偏見でしかないのであります。 徳性求道者にとって自我の超越は急務なのです。 人生には山(困難・障害)あり谷(落胆・挫折)あり…。 前向きな生き方をするからには何かしらの問題が立ち塞がるものですが、この問題こそ目的地が先方に存在することを示す道標(課題)でもあるのです。 そうであるにも関わらず、小さな問題に尻込みして萎縮する弱さは堅実でも慎重でもなく、単なる精神面の軟弱さを露呈しているだけのことです。 人間は精神面の強さも弱さも持ち合わせているので、強さ弱さの現状は理解し合うとしても、精神面の弱さを軟弱なまま放置すること自体が危険であるといえます。 個性化が進みすぎた現代は、内部に秘めた心の弱さを認めたくない人間が本当に多いです。 そのため片意地を張ったり虚勢を張ったり、外見で威嚇する憐れな醜態を晒す人も多くなってきました。 こうした己れの甘さ弱さを克服する為に、小さくても一歩ずつ前向きに歩み続ける姿勢(習慣)が大切であります。 誰かに褒められるでもなく、何かの評価を得るものでもなく、ただ眈々と小さな努力を積み重ねる貴方であれ…。 目前の問題を其の侭にせず、遠廻りしてでも小さな対策を実践する貴方であれ…。 常なる新生の局面は、明るい未来を信じるからこそ在り得るのです。 実相の光に向かって常なる新生を目指し、大きな成果を神(実相)に世(時代)に還元する逞しい貴方であることを祈念いたします。 |