32 集約

 

向上心を持って経験を積み、その経験値を深めることで見えてくる真理があります。

それが他分野でも活かせる真理であり、広く応用の効く教訓であります。

真理が真理であり教訓が教訓であるからには、多方面への応用が効くはずです。

応用の効かない教訓は、まだまだ自分本位の自己都合によるワガママが幅を利かせている…。

ここにも克服するべき(打ち破るべき)自我の殻が立ち塞がるのであります。

善意に於いて良識人であっても、自己優位のための善意や自己保存のための善意もあるわけで、自分という殻を脱ぎ捨てられない善意は、残念ながら偽物(偽善者)であります。

経験を積んで経験値を深める理由は自我の克服にあると言えます。

自我を克服して改めて周囲を見渡したなら、今までは見えなかった様々な人間模様の心遣いが、感謝とともに実感されるのです。

まさに目から鱗が落ちる思いであり、涙なくしては語れない真実なる感動であります。

こうした魂の高まりこそ『教訓』の真意でなければならないのです。

正しい教訓は他者への配慮が優先するため必ず応用が効きます。

応用が効かない内は、まだまだ生半可な自分だと認めて反省回顧から出直すべきでしょう。

そうして反省回顧の質も深まり、更に神の子の自覚も深まるのです。

そうして見い出した教訓を元にして、あらゆる場面(想い出)の一つ一つを繋ぎ合わせてゆくのであります。

それはまさにジクソーパズルのように、一ピースづつ繋ぎ合わせて全体の絵柄を完成させるようなものです。

この時に一ピースとしての絵柄の意味を正しく知っていないと、その一ピースが何処の部分なのか判断できません。

従って繰り返し反省回顧を重ねながら経験値を深めることで、一ピースの意味を熟知しておくのです。

今までは小さな範囲でしか見えなかったものが、ジクソーパズル(人生の集約)を組み合わせる毎に、より深い意義が得られるようになります。

こうした流れこそ小悟を重ね大悟を得た覚者たちの生き様でもあり、現代人であっても普段の生活を通して悟りを深めることが出来る人生の王道であります。

そうして見い出した正しい教訓は援護射撃のように将来の自分を助け、そのまま他者への愛行に活かして使えるでしょう。

その場しのぎの思い入れではなく、たとえ一時は誤解されたとしても、相手を真に立ち直らせる妙手を常に打てるようになります。

ここに於いて我が身可愛さで他者へのアドバイスが甘くなると、せっかくの愛行が堕落への楔になりかねません。

正しい教訓は人のために生きる夢追い人にこそ必要な人生の道標であると言えます。

何のための夢追いなのか…は、かなり重要な問題で、そこに、その回答に、現在只今の心境如何が如実に現れてくるのです。

 

 

 

20 十大理念 【仁徳】 【新生】