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09 柔軟 |
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優美の理念を体現するための四つ目の徳目は『柔軟』であります。 社会人として不特定多数の人間と接するようになると、様々な考え方の違いで複雑な人間関係になるわけですが、そうした中で優しさを貫くことが困難であることは誰もが知っている事実です。 お互いの思惑が異なれば話し合いになるわけですが、それぞれの主張を頑なに押し通そうとすると、どうしても感情的な対応にならざる負えないのです。 謙譲という言葉すら人々の意識下に埋れてしまった現代…。 自己主張を個性の尊厳と勘違いしている人も多くなった現代…。 相手が語る言葉の意味を模索することもせず、心情の背景を全て否定して自らの主張のみを通そうとする…。 こうした精神状態は実は既に心の病いであることを人類は受け入れなければならないのです。 人間関係に於ける優しさは、相手の心情を知ることから始まります。 そして相手の心情を正しく把握するためには、自分自身の魂の傾向性を悟る必要があります。 この件に関しては謙虚の徳性にて詳しく語ってありますので、そちらを参考にして致だくとしても、人間関係に於ける相互理解にはお互いの心的把握が必要不可欠であると言うことです。 その事前作業(心的把握)を元にして相手の心情を配慮した上で、臨機応変な対応を心掛けることが『柔軟』という徳目になります。 これは案外と難しい手法であるため、自己中心者たちは端から放棄しておりますが、難しい手法であるからこそ実力に差が出る正統な徳目なのです。 この『柔軟』の徳目を磨いている徳者たちは、常人では考えられない展開で問題解決を果たすことが多くなりますが、心的把握を行なう者としては当然の結果であります。 それは奇跡でも何でもなく、優秀なメンタリストが相手の心を読み取るようなもので、それを徳性求道者たちは囲碁や将棋の名人が長考するように、相手の人生観まで読み解くのであります。 高徳者ともなれば尚更のこと、相手の人生観を読み解く最中に霊的な指導が入るため、時には神をも想わせるような解決方法を扱いますが、そうした思考能力の背景には徳性求道者たちの人知れぬ基礎研鑽があると言うことです。 こうして優しさを貫くためには『柔軟』の徳目を日々の努力精進としなければならない…。 これは表面的なモノマネでは決して成し得ない徳目であります。 『柔軟』の徳目を磨く者は、清らかに流れる小川のセセラギのような心持ちで相対する人に接して下さい。 トゲトゲしさは人を寄せ付けず、荒々しさは周囲に砂埃(紛争)を巻き起こします。 長閑な風景の中で心地良い水音を立てるセセラギのように、人当たりの良い人格者として対応し、相手の主張を全て受け止めて心的把握する懐の深さを堅持して、常に『柔軟』の徳目を見失わない人徳者をこそ目指して下さい。 |