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17 優美A |
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人間の生命の故郷である実相世界には総てが既に整っています。 そこには優美の理念の源泉が実在します。 それがそこにあるにもかかわらず、心の内面を顧みることが少なくなることで、忘却の彼方に押しやられた生命の実相は記憶が薄れ、想起する習慣が無くなれば記憶の扉も閉ざされて強固な鍵まで取り付けられている…。 そうした心を見失なった人間には本来の美的感覚が蘇り辛く、結果として見れば形態の美を求める魂の傾向になりつつあります。 総ての人間は神の子であり、生命の実相を想起すれば美の本質を蘇らせることが出来るはずです。 ようするに優美の正体は見た目の鮮やかさ華やかさというよりも、美の対象を縁として生命の実相を想い出した懐かしさであります。 その懐かしさに心が響き合い感動し合って共鳴することで、美の対象を縁とした魂の故郷への里帰りを果たすのです。 かくして感銘の正体は、記憶の奥底に既にある本来の美との再会である…。 魂の記憶(生命の実相)に無いものは響き合うことは出来ないのですが、神の子人間は総ての人が生命の実相に繋がっています。 その記憶の宝庫を自ら開き懐かしい魂の記憶を蘇らせることで、人間としての本来の美的感覚を取り戻すことになるでしょう。 つまり生命の実相を想起する習慣こそが大切であり、そのためにも時おり心を開放して美術芸術に触れる機会があれば良いのです。 初めの内は心を打つものが何も無くても、度々観賞することで新たに気付くこともある…。 取り掛かりは何時も味気ない感触であっても、繰り返し行なうことで徐々に掴める何かがある…。 そうした徳育を続けることで優美の徳性を磨く必要があります。 ここで気を付けなければならないことは現在只今の立ち位置です。 霊界と地上界の違いを知った上で、現在の自分自身が何処に居るのかを見失なってはならず、また現況の時代背景に於いて如何なる徳育が適当かを見定める瞳も養っておかなければならないでしょう。 現在只今の自分の状況下で身の丈にあった徳性開発を選択するべきで、無理な背伸びをしたり無駄な突撃をしたり無知な努力を重ねたりしないで、そこは自問自答しながら魂の声(守護霊の気付き)に耳を傾けて下さい。 更に驕り高ぶりは要注意で、自我が強いまま徳性を磨いても驕り高ぶりが増すだけであり、そうした弊害を身に付けた者は相対的な自慢話(優劣に拘った)が多くなりますので注意して下さい。 優美の徳性に於いても、徳性が高まる毎に謙虚さは深まるもので、枝葉を繁茂する樹木は、それ相応の根張りを広げながら大樹への道を生きているのと同じように、人間の生長に於いても徳性の高まりに応じた基礎精神が必要で、その為にも日々変わりない基礎研鑽を重ねるべきであります。 |