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22 手綱 |
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勇気の徳性を体現するための五大要素の四つ目は『手綱』です。 地上世界に於いて単体で生きている人間は、物事の尺度を自分に置き換えて認識するわけですが、その尺度が公に近い見方か、個人的な自分の見方であるかによって、認識の形態は変わってきます。 またその公私の二局の中にも夫々の度合いがある…。 かくして相互の意思疎通が上手く行かず、お互いに歩み寄る余地が無いなら離反紛争にまで発展しかねません。 こうした状況は大なり小なり皆さんは日常茶飯事として目にしているはずです。 それでも一社会人として生きるからには共通の概念が必要で、より多くの民意を納得させる公体としての共通概念を選択するしかありません。 しかし残念ながら個人主義が台頭する現代社会に於いて、自分の主張を押し通す自我信奉者が多くなり、意見の一致を見るまでもなく不完全な民主主義による絶対多数の採決で世の中が動いてしまいます。 かくして地上世界には人間の共通概念が存在しずらいのです。 なぜなら人間の生命は本来永遠に生き通しであり、転生輪廻を繰り返しながら霊界と地上世界を行き来しています。 そのため地上世界の人間生活だけでは片寄った意味合いしか見い出せないのです。 生命の実相を紐解けば霊体の方が本体であり、肉体は仮存在として地上を生きている…。 そうした系図を本当に知れば、霊界を主体にした人類の共通概念こそ必要になります。 つまり真理は只一つ『人間は本来は神の子・光の子である』ということです。 自分が神の子であり、他者も誰もが本来は神の子であるなら、同じ尊い命を生かし合い譲り合い許し合うべきでしょう。 自分が自分が…と我を張る言動を戒めながら、支え合い労わり合うべきでしょう。 与えられることばかり欲することなく、与える愛を実践するべきでしょう。 得られない不服で不平不満を並べることなく、コツコツと建設的な日常の積み重ねを進めるべきでしょう。 憎んだり裁いたりする前に自分の素行を自己チェックするべきでしょう。 人間にとって人生の手綱として手放してはならないものが、神の子としての自分なのです。 この手綱を決して放さないで下さい。 自らの自我が強くなってきたなら、間髪入れず自己反省する貴方であれ…。 神の子の自覚が薄れてくると、人格が歪んだまま片意地を張った間違った自信に繋がって、足場を固める努力も無いまま無闇に突っ走ってしまいます。 神の御心を我が心とし、他者の中にも神の子としての尊い命を認めながら、愛の想いに溢れた勇気をこそ附帯されますように…。 |