24 回想

 

世の中には勇気が無いと嘆く人が多いけれども、闇雲な行動(勢い)を勇気と誤解している人も多いようです。

物事には総て順序があり、その意味内容としてのウエイトもあるでしょう。

本当の勇気を失った人が本来の勇気を取り戻すための方法も知っておかなければならないのです。

失った勇気が何処に行ってしまったのか…。

それを探すための時間は無駄ではないはずです。

暫く立ち止まって呼吸を整え、静かに見つめ返す時間も大切なのです。

大方の人は失った勇気を周囲の形態や書式を求めて充填(埋め合わせ)します。

つまり自分には無い強烈なアイテムに縋り付くのです。

しかしそれは身に纏った鎧と同じで、その鎧を脱いだ時には軟弱な自分に戻るだけのことです。

人間にとって本来の勇気は総て心の内部に実在します。

外部に転がっている石ころ(依存)を拾わないで、心の内部に犇く意志ころ(信念)を信頼することです。

現代社会は情報が溢れ、技術の革新、科学の進展、さらに利益追従の為の競走を強いられ、何かに追われるような毎日を過ごしている人が大半です。

ユックリと生きずらい都会の雑踏の中で、夢も希望も無いまま流される日々…。

そうした中で手っ取り早く得られる享楽に埋没する若者たちもいます。

しかし真なる勇気を得んとするなら、暫し立ち止まって回想する時間を持って下さい。

自分の意志で立ち止まることも勇気なのです。

我武者羅に突っ走る勢いを止めることは難しいかもしれませんが、むしろ好調期にこそ努めて立ち止まり、私心ありや否やを問い掛ける貴方であってほしいと想います。

走り出す勇気と同じぐらい、立ち止まる勇気には意義があるといえます。

失った勇気は長らく使用しなかったために枯渇した井戸と同じで、再び井戸の水を導き出すためには誘い水を注ぐことになります。

そうすれば枯れ果てた井戸に再び井戸水が甦ってきます。

それと同じように長らく忘れかけた勇気を取り戻す為には、長らく使用しなかった心(井戸)に誘い水を注ぐということです。

この誘い水に当たるものが真理であり、想念(イメージ)と言葉(自己暗示)を用いて、聖水(真理)を心(井戸)に注ぐのであります。

こうした一連の作業を進めるためにも、まずは立ち止まって回想する機会が必要です。

この時に走り出すことは案外簡単ですが、立ち止まることは案外と難しいものだと感じるでしょう。

やはりここにも徳性における実力の差が出てきます。

日々の暮らしの中で立ち止まって回想することが困難な人は、暫く環境を変えて違った場所から遠巻きに見つめることも得策かと想います。

小旅行などしながら自然界に心を遊ばせて、そこから普段の生活を振り返って自分の立ち位置を確認することも一つの方法です。

失った勇気を取り戻すために、先ずは立ち止まって回想するという話をいたしました。

 

 

 

21 十大理念 【優美】 【勇気】