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28 実践 |
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真実の勇気を取り戻すための段階として@『回想』A『確認』B『真実』C『想念』…を語ってまいりました。 ここまできたなら次に取り組むものはD『実践』であります。 何事に於いても行動に移してこそ一通りの完成を迎えるのです。 これは究極の完成ではありませんが、動き始めてこそ真価は問われるということです。 どんなに高邁な理想を描けたとしても、その着手を見送っていては何も始まりません。 理想は高ければ高いほど良いが、行動の当初は慎重になりすぎると、その第一歩すら出せなくなります。 悠々と流れる大河も、その始まりに於いては山奥の岩場に滴る雫であったり、山間の奥地にひっそりと湧いた泉であったりします。 いずれにしても始まりの一雫一湧を止めどなく出し続けるからこそ、下流に至っては滔々と流れる大河の姿を見せるのです。 勇気ある一歩一歩は小さな歩みで良いのです。 周囲の誰にも分からないぐらいが良いといえます。 社会には自我に凝り固まった偏見を武器にして悲観的抑制を掛ける者も多く居ます。 そうした心ない迷妄者たちに潰されないように、貴方の強き意志が確かな習慣の域に達するまでは静かで密かな歩みを心掛けて下さい。 そうして数々の非難中傷を浴びても揺らぐことなき精神で、打ち立てた理想に向かって歩み続けられる自信が育まれたなら、その時にこそ有言実行の旗印の下に運命に立ち向かえば良いのです。 そうした潜伏期間は強固な基礎固めとして最低限の努力精進となるべきで、この基礎固めに失敗すると傷付き易い心のまま弾丸が飛び交う戦地の最中を歩くようなもので、乱獲を趣味とする迷妄者たちの格好の標的にされてしまいます。 自我が強く心の調律が出来ないものは、どうしても見た目の評価を気にするために小さな努力精進を怠りがちですが、こうした智恵なき蛮勇は残念ながら自殺行為になりかねません。 人間心理は複雑怪奇です。 真人間としての人間心理は単純明快であっても、自我の強い個性派が集まると複雑な心情が絡み合います。 こうした部分を蔑ろにして自分の主義主張を押し通すならば、何時しか自我と自我の相剋は思いの中に留めて置けない危険な爆弾を持ち歩いているようなものなのです。 このような社会の人間心理を踏まえるなら、一定の習慣(基礎固め)が構築されるまでは静かな歩みを心掛けることです。 どうか見栄や酔狂を捨てて国のため人のために生き、人類の真なる幸せのために貴方の夢や理想が実現されますように…。 発想段階では悲観的部分とも対峙せざる負えないが、一通りの理想プランが出来上がって実践の時を迎えたなら、その時にこそ楽観視は生きた智恵として確かな後押しをしてくれるでしょう。 一連の心的構築が無い楽観視は眉唾物ですが、基礎固めを構築した上での楽観視は運命の開拓に於いては重要なアイテムになりえます。 |