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29 調整 |
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ここまで真実の勇気を取り戻すための段階として@『回想』A『確認』B『真実』C『想念』D『実践』…を語ってまいりました。 強き想いを行動に移した時にこそ、勇気の徳性を体現することになるのであります。 そうして勇気の徳性を体現したなら間髪入れず、実相(勇気の理念)を顕現させるための発展段階に超入するべきなのです。 その為に最初に成すべきことは心の調律であります。 地上で行使される勇気は往々にして単発の勇気であり、一時の困難超越の為の起爆剤になりがちですが、その単発の勇気に酔い痴れると何時しか見えなくなるものがあります。 それが人としての正しい心なのです。 心というものは自分一人だけの持ち物ではありません。 生命ある総てのものが、その心の奥底で繋がっている…。 つまりたった一つの大いなる神を魂の縁として、たった一つの心を総ての生命が共有しているのです。 その心は末端にて個性なりの自我を纏いますが、元を辿れば愛に於いて一つに繋がっているのです。 だからこそ喜びを分かち合えるし、胸の内の痛みを分かり合えるのです。 しかしここで単発の勇気に酔い痴れてしまうと、個性としての自我のままで孤立化することになり、その時点の他者の気持ちを想いやる余地が無くなってしまいます。 かくして何時しか利己的感性のまま自己都合勇気を行使することになります。 人間は一人で生きられないにも関わらず、自分一人で何でも出来ると錯覚するのです。 勇気に於いて戒めるものは自己陶酔であり、それによる蛮勇であります。 基礎研鑽に於いては自分の足場固めでありますから、自らの歩調で地道に歩むべきですが、そこに他者との共生が始まるならば、勇気に於いても時期と場所と相手を弁える配慮が試されます。 関わり合う人々が多くなれば尚更のこと、勇気の徳性を発現するタイミングを図って、より多くの人々が生かされる道を選択しなければならないのです。 その時に自らの感情すら抑制出来なければ勇気の体現者とは言えず、他者の気持ちを配慮出来なければ勇気の覇者とは程遠いと知るべきなのです。 だからこそ心の調律は必要不可欠であり、その心の調律に元ずいた諸生活の調整を心掛けるべきなのです。 先ずは自分の我儘を説得して、人々の幸せの為に必要であれば我が身を差し出す覚悟をしなければならない…。 たとえ現状の自分の力量を越えたものに対峙していたとしても、真なる勇気には数多の神々がバックアップして下さるでしょう。 そこに神風が吹き、恵みの雨が降り、サンサンと光が差し込み、時には激しい嵐や地鳴りを伴なって馳せ参じて下さるのです。 実相の神々は、愛と勇気の源泉に実在される大生命の生かす力そのものです。 |