36 勇気B

 

これまで語ってきた実相視・現象視は、それぞれの霊的磁場を立脚点とするなら双方共に正しい見解と言えるもので、その論説は経験値や体験値を元にしたものなので、異論を挟む余地すら無いかに見えます。

しかし人間の生命は永遠に生き通しであり、魂の成長衰退を繰り成しながら徐々に本来の生命の生長を果たすものなのです。

また多岐に分かれた個生命が、魂の進化に合わせた環境と境遇を選んで現状の魂修行をしているので、個性体ごとの進化具合に差異があって当然なのです。

つまり現状での学びの深さに違いがあるため、物事の見方や捉え方に相違が出ても可笑しくない…。

ここに第三の視点である流動視が必要になり、それぞれの段階に合わせた教導と歩調とが望まれるのであります。

魂の進化した者が、未だ魂の開拓途上にある者の現状(歩調)に合わせて、臨機応変な指導を試みるべきでしょう。

また未だ魂の開拓途上にある者は、魂の進化した者から謙虚に学ぶ姿勢と努力を要するのです。

これを勇気の理念(窓口)から語るなら、膝を抱えて塞ぎ込んだ者には立ち上がる勇気を与え、立ち止まったまま歩み出せない者には小さな一歩を踏み出す勇気を与え、不安や恐怖に怯える者には着実に歩むことで自信を付けさせ、人生の勝負所に居る者には臆せず全力疾走する気力を与え、心を見失なって爆進する迷妄者には立ち止まる勇気(自己反省)を、罪を犯し悪を行ずる者には真理をもって大懺悔する勇気を与え、真実の愛を行ずる者には共感と信頼を捧げる…。

時と処と人に応じて、勇気を与える内容は変化して当然なのです。

こうした話の延長からすれば、道を外したまま悪意を改めない躁者に悪を助長するような勇気を与えてはならないし、頑なに籠もる鬱者に場違いな勇気を語っても響かず、彼らに必要なことは自主的な悔い改めと、主体的な理想を抱くこと(抱かせること)であります。

こうした流動的真理(流動視)は三相(人・時・処)を弁えたなら絶対的真理(実相視)に勝る効力があります。

古事記の神話に記された草薙剣(流動的真理)は、十拳の剣(絶対的真理)を刃こぼれさせる程の威力がありました。

しかし流動的真理(流動視)は永遠に効力が続くものではないということも知っておかないと、次代の人々を迷わせる魔剣として悪用されてしまいます。

要するに勇気の理念を正しく扱うためには、それなりの徳育と魂修行が必要であると言うことです。

こうした使い分けが出来なければ剣の達人には程遠く、中途半端な蛮勇を振りかざす力自慢程度の小人精神で終わってしまいます。

今回は勇気の理念(窓口)を通して三観指針を語ってみました。

実相視・流動視・現象視…それぞれの立脚点を見失わなければ、様々な立場の論説が理解出来るし、現状での立ち位置を見失わなければ、臨機応変な対機説法も可能になるでしょう。

いずれにしても徳と無縁な者には有り得ない世界観であり、たとえ徳性を磨いている者であっても高徳者以外には扱えない徳性(使い分け)であります。

 

 

 

21 十大理念 【優美】 【勇気】